第10話 バンパイア

「ああ、いるよ。寝ている」

 千紘の問いに、三埼は素直に答えた。

「連れていきたいのです。呼んでください」

「連れていくって、どこに? まさか、オヤジのところか?」

 彼も父親との不仲を知っているようだった。

(博士のところだと言って)

 ツクヨミは考えられる限りベストと思われる答えを指示した。

「神々研究所の、神山博士のところです」

「神々研究所?……彼女、治るのか?」

「治る?」

(ツクヨミ、どういうこと?)

(さあ? 情報不足です)

「あいつ、血を吸うんだ……」

「まさか……」

(バンパイア?)

(まさか)

「本当だ。血も吸うし、あれもよく飲む」

「あれ?」

(なに?)

(なんだろう?)

 ツクヨミも咄嗟には理解できなかった。

「せ、精子だ」

「ゲ……」

 千絢が息をのんだ。

(ああ、そういうこと……)ツクヨミは理解した。(……高タンパク質、高カロリーのものを欲しているのでしょう。永遠の命を持つバンパイアだから)

(永遠の命?……そもそもだけど。バンパイアってナニ?)

(吸血鬼といった方が、イメージがわくかもしれませんね。伝説上のモンスターです)

(それなら知ってる。ドラキュラね)

(ドラキュラはドラキュラ伯爵。特定のバンパイアです)

(そうなんだ……)

(泊里さんがバンパイアなら、ここに置くのは危険だ。彼が体液を吸われて死んでしまうかもしれない。でも、アマテラスが連れ帰るのも難しい)

(どうして?)

(バンパイアはモンスター。人の手におえるものではない)

「僕は……」

 彼が呻いた。

「泊里さんを愛しているのね? 血を上げるくらいだもの。……彼女を治すために、研究所に連れて行くのを手伝ってもらえますか?」

 千絢は屈んで優しく訴えた。

(そうだ。それがいい。やるじゃないか、アマテラス)

 ツクヨミはアマテラスを見直していた。

「いや……」彼が力なく首を振った。「……もちろん僕は彼女を愛している。彼女に血を吸われているときの恍惚感……」

(変態だな)思わず、つぶやいていた。

「……そんな感覚は生まれてこのかた経験したことがなかった。しかし、それだけじゃないんだ。恥ずかしいことだけど、僕が血やあれを分け、彼女がお金を稼いでくる。そういう約束なんだ」

(彼は引きこもりだ。有紀子がパパ活で得る収入を当てにしていたんだ)

(引きこもりでも髭ぐらい剃ればいいのに)

(そこ?)

 ツクヨミは苦笑した。

「アッ、それで。……彼女がいなくなると餓死すると言ったのですね?」

「ああ……」

(自分で働くように言うんだ。それができないなら、餓死するのもやむを得ない。古来から人間は、働かざる者食うべからず、と言い伝えてきた。それは日本国でも変わらない)

(働けない事情があるのかもしれませんよ)

(それに対応するのは役所だよ。このまま血をなくして死ぬよりましだ、と言うべきだね)

「今のままなら、泊里さんがここに残っても離れても、三埼さんは命を落とすことになります。でも、彼女がいなくなっても収入のめどが立てば、生きていけるのですよね?」

 問い質すと、彼の表情が固まった。

「ですよね?」

 彼女が問い詰める。

「……あ、ああ。そうだけど……」

(良かった)

 アマテラスが安堵した。

「それなら結論は一つです。まず、彼女を研究所に連れていきましょう。三埼さんの収入のことは、それから対策を練りましょう。きっと、博士が力を貸してくれるはずです」

「そうなのかい? 期待してもいいのかい?」

(大丈夫かなぁ?)

 ツクヨミは疑問を言った。博士がハローワークとつながっているとは思えない。

「もちろん。さあ、泊里さんを連れてきてください」

 彼女は答えず、話を進めていく。

(意外だ。大胆なんだなぁ)

 ツクヨミの感嘆に(そうですか?)と彼女が応じた。

「分かった。起こしてくるよ」

 彼はよろよろと立ち上がり、奥へ行った。

(おとなしく着いてきてくれたらいいな)

(泊里さんが、三埼さんを信頼しているなら大丈夫です)

(知ったようなことを言うのだね……)

 アマテラスは自分と神山博士の関係に、泊里有紀子と三埼の関係を重ねているのだろう。はたして、そんな単純なものだろうか?……ツクヨミは疑問に思いながらも、彼女の推測が当たることを願った。

(……ところで、私の推理では、彼女以外にもバンパイアがいる)

(血を吸われた人が吸血鬼になるという、あれ?)

(それは作り話のはず。そうでなければ、今頃世界は吸血鬼だらけになっている)

(それもそうね。で、どうして、他にもいると分かるの?)

(泊里有紀子は三埼とパパ活で血や精液を得ていた。警察官が話していたバンパイアは、夜、街中で人を襲っている。二人は別ものだ)

(なるほど)

 アマテラスが感心した時、三埼が有紀子を連れて現れた。彼女はあの青色のワンピース姿のままだった。そのまま寝ていたのだろう。スカートがしわくちゃだった。



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