第3話『Λが囁いた常数(コンスタント)』
第3話『Λが囁いた常数(コンスタント)』
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「……この数式、どこかで見たような……いや、見たことがあるはずが……」
真理の声が震えていた。Λから返されたデータは、我々の常識から逸脱していた。が、それでいて、どこか“懐かしい”感覚を覚える。
「とん太。解析の進捗はどうにゃ?」
「す、進んではいますが! でもこれは……既存の定数が全部“ズレてる”んです! しかもズレ方が、一定の“黄金比”に収束してる……!?」
「にゃ。Λが提示したのは、いわば“重力子の世界でのみ成り立つ数学”……その一端にすぎないにゃ」
ユイの言葉に、研究室の空気が冷える。
Λが発信した数式には、π、e、φ(黄金比)――人類が発見した美しい定数たちが、すべて“わずかに変形”した形で含まれていた。まるで「それは仮定にすぎない」と言わんばかりに。
「これは……“宇宙が私たちに用意していた別の解釈”……?」
真理の独白に、ユイが頷く。
「にゃ。宇宙は最初から、この答えを持っていたにゃ。わたしたちが、それを“聞こうとしなかった”だけにゃ」
「でも、これ……既存の理論、全部崩壊しませんか……?」
「それでも進むのが理論物理学にゃ。怖いかにゃ? とん太」
「ちょっとだけ震えてます……!」
「安心するにゃ。恐怖とは、“観測不能”に起因する曖昧性の産物にゃ。観測すれば、理解できる……きっとにゃ」
「その語尾で励まされると複雑です!!」
とん太が叫ぶ横で、ユイはΛの送信データをさらに解析していた。
「次の波形がきたにゃ。今度は……これは“音”じゃない、“映像”にゃ」
「映像!?」
数秒後、モニターに現れたのは、奇妙な数式群の連鎖だった。それは次第に図形を描き、幾何学的な曼荼羅に変化し、最後に一つの記号で静止した。
それは、定数「Ω」――
未知の宇宙定数。その意味は誰にもわからない。
だがユイだけは、静かに目を見開いて言った。
「……この記号、“Λ理論”の補完項にゃ。“この宇宙は一定量の“未定義な成分”を内包している”――それがΩの意味にゃ」
「まさか……Λは、“宇宙の空欄”を埋めようとしてる……?」
「ちがうにゃ」
ユイは小さく笑った。
「Λは、わたしたちに“問い直して”いるにゃ。“本当にそれで正しいと思ってるの?”と」
そこには知性の香りがあった。人類の叡智では辿り着けなかった、“何か”が、Λの向こうでまどろみから目覚めようとしている。
「……この先に待っているのは、発見か、崩壊か――にゃ」
研究室の空気が、確かに変わった。
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第4話『Λが視た重力波の夢』につづく。
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