ヘアゴムの話【クウ】

「珍しいね、真白。ヘアゴム切れちゃったの?」

「今日は結ばない気分だったんです。今めちゃくちゃ後悔してるところです」

 休業日にばったり会った職場の後輩は肩にかかる長髪を下ろしていた。ショッピングモール近くの歩道は風が強く、荒れ狂う黒髪がたまに視界を遮っている。そのたびに手櫛で整えて背中に戻しているが、三途の川の石積みのおもむきがある。真白はため息をついて、ちらりと私を見下ろした。

「先輩、ヘアゴム持ってません?」

「持ってるように見えるかい」

 私の髪は耳にかかる程度で、たまにヘアピンを使うことはあってもゴムは使わない。コンビニ寄ったらどうかと提案すると、真白は「家にあるものを出先で買うのって、負けた気分になりませんか」とぼやいた。そうかな、私は雨の日にコンビニでビニ傘見つけたら買っちゃうけどな。

「よし、わかった。そこ座りな」

 歩道のベンチを指して横向きに座らせ、私は財布に付けていたミサンガを外した。黒髪を束にしてミサンガで二重に巻き、トリコロールの先端同士を縛る。真白はいつもの癖で後頭部を触ろうとして、ほどけそうだと思ったのか手を止めた。困ったような顔でこちらを見る。

「目立ちません?」

「似合ってるよ」

「そうですか。ありがとうございます。先輩の世話になるとは不覚です」

「二言目で止めておきゃいいものを」

 ミサンガはお盆の帰省のとき近所の中学生がくれたもので、ドクロ型のメタルビーズがワンポイントだ。普段グレー単色のヘアゴムしか使ってない髪で小さなドクロがキラリと反射する。しかし再び突風が吹き、ばさり、と長髪が広がった。

「あ」

「ああ~、伸縮性ないとダメだったか……」

 飛んでいきそうになるミサンガを背伸びしてキャッチする。結び目がほどけただけで切れてはいない。真白が苦い顔をして、うざったそうに髪をかき上げた。

「もういいです、コンビニ寄ります」

「そうそう負けるが勝ちだよ」

「別に負けてません。負けたようなと言っただけで」

 黒い竜巻を首の上に乗せてるみたいになっている真白にドッグランの犬が一斉に吠えかけ、真白は「いー」と歯を見せて威嚇し返していた。大人げない。


(2025/8)

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