上野にて【クウ】
「せっかく上野くんだりまで来たんですよ」
「我々の生活圏から見ると上野はむしろ、のぼりだよ」
東京の空は薄く雲がかかり、思っていたほど暑くなかった。不忍池前の公園でイベントの手伝いを終えた私と後輩は、ギャラを受け取ったあとの予定でもめていた。真白は遠くに見える白い建物を指さしている。
「精養軒入りたいです。有名ってだけじゃなく美味しいですよ」
「でもあそこってちゃんとしたレストランじゃん。君の先輩の格好をごらんよ」
「黒Tシャツにパーカーですね。似合ってます」
「ありがとね」
外仕事だったので、カジュアルな服を選んだのだ。真白は日頃から襟付きシャツなので、フレンチでもイタリアンでも入れるだろうけど。
「ドレスコードはありませんし、追い出されはしませんよ。おしゃれな客が来たなって思われるだけです」
「いるかなぁ、内言で皮肉発話を使う店員」
「じゃあこうしましょう。自分のワイシャツを貸します。そのTシャツと交換で」
真白が自分の着ているグレーのワイシャツを引っ張り、私の黒Tを指さす。
何言ってんだ入るかとツッコみかけて、ああこれLサイズだったと思い出す。身長一七〇センチの真白も十分着られるし、それなら私はTPOにあった衣服を手に入れられるというわけだ。しかし。
「やっぱダメ、私が駄々こねてるみたいになるじゃん」
「こねてるみたいってか、こねてるんですよ」
「それより駅ビル行こうよ。連れてきたいカフェがあるんだ、上野くんだりまで来たんだしさ」
「我々から見たらのぼりですけどね」
□□□
「ハードロックカフェ……」
「嫌いじゃないでしょ」
「初めて入りますね」
店内には有名歌手の衣装やギターが展示されている。バンド演奏の映像がよく見える席に座り、バーガーとデザートを注文してしまうと、真白は改めて店内を眺めた。
生まれつきの顔立ちのせいか、どこにいても何をしていても退屈そうに見える男だ。物珍しそうに視線を動かす様子はそれこそ珍しい。
「隣の店でグッズも売ってるよ。このシャツもそこで買ったし」
「ふうん」
ウェイターが運んできたバーガーにかじりつきながら、真白が相槌を打つ。興味ないかあ、と思っていたら、「じゃあ自分も何か買います」と言い出すので驚いた。真白のクローゼットにワイシャツ以外が追加されてしまう。面白い事態だ。私も記念にピアスでも買おう。
バーガーはボリュームたっぷりで、デザートまで食べると完全に腹八分目を越していたけど、食べ過ぎたねとか笑いながら店を出て、私たちは上野をあとにした。
(2025/5)
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