第7話 記憶の森での真実
翌朝、リツはいつもの朝食を取りながらも、心ここにあらずという様子だった。
「どうしたの?」いえぞうの声が、どこからともなく響く。
「うーん、考えてるの。記憶を捧げるってこと」
「そうだよね…難しい決断だもの」
「そうじゃなくて…」リツは箸を置いた。「他に方法はないのかな。家族の記憶を失わずに、世界を救う方法」
いえぞうはしばらく黙っていたが、やがて言った。「今日、どこかに連れていきたい場所があるんだ」
「どこ?」
「この世界の『記憶の森』。もっと詳しいことが分かるかもしれない」
朝食を終えると、リツは家の玄関に立った。扉を開けると、いつもの異世界の景色が広がっている。紫がかった空の下、緑色の草原と、遠くに広がる青い森。だが、空には確かに黒い裂け目が走っていた。
「どうやって行くの?」
「僕が案内するよ」
突然、玄関の床が盛り上がり、リツの足元から板が伸び始めた。それはまるで生きているかのように動き、やがて橇のような形になった。
「乗って」
リツが恐る恐る乗り込むと、橇は地面から浮き上がり、森の方向へとゆっくり動き出した。
「わぁ!これも家の魔法なの?」
「うん。家の一部だよ。私たちはつながっているから」
空中をすべるように進む橇は、リツに不思議な高揚感をもたらした。風を切って進む感覚は、まるで夢の中にいるよう。しかし、近づくにつれて森の様子が変わっていることに気づいた。
かつて輝いていたはずの青い光の粒子が、所々で消えかかっていた。木々の一部は色を失い、灰色に変わっている。
「ここが『記憶の森』...だったんだ」
橇が森の入り口で止まると、リツは慎重に降り立った。足元の草も、触れると微かに光を放つが、その光は弱々しい。
「ここは、この世界の記憶が集まる場所。でも、見て。記憶が薄れ始めている」
森の中に足を踏み入れると、木々が道を作るように左右に分かれていったが、その動きもぎこちなかった。
深く進むと、一人の老人の姿が見えた。長い髭を蓄え、木のような皺の刻まれた顔を持つその人は、リツに気づくと悲しげに微笑んだ。
「やあ、守り人の娘よ。来るのを待っていたよ」
老人は、リツが理解できる言葉で話したが、その声は風のようにそよぎ、森全体に響き渡った。
「あなたは…?」
「私はこの森の番人。お前の母上とも、かつて言葉を交わした」
「お母さんを知っているんですか?」
「ああ。彼女は素晴らしい守り人だった。二つの世界の架け橋として、均衡を保っていた。しかし、彼女が去って久しい。均衡は崩れ、記憶は薄れつつある」
老人は手をかざすと、周りの光の粒子が集まり、一つの映像を作り出した。それは母がこの森で番人と対話する姿だった。
「母上が最後にここを訪れたのは、お前を身ごもっていた時だった。新しい命を宿し、喜びに満ちていたよ」
リツの胸が熱くなる。
「聞きました…世界を救うためには、家族の記憶をすべて捧げなければならないって」
老人は悲しげに頷いた。「それが、古くからの掟だ。世界の均衡を取り戻すためには、守り人の最も大切なものを捧げねばならない。そして、守り人にとって最も大切なものとは…」
「家族の記憶」リツが言葉を続けた。
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