第4話 家の秘密と"選ばれし家族"

「リツ、ほら、こっち」

いえぞうの声に導かれ、リツは二階の納戸へと向かっていた。異世界に来てから一週間、日に日にいえぞうの声が鮮明になっていく。それは時に祖母の声だったり、幼い頃に聞いた父の笑い声だったりする。けれど今日は、そのどれでもない、どこか厳かな響きを持っていた。

「いえぞう、どうしたの?」

廊下の板張りがきしむ。窓から差し込む紫がかった異世界の日光が、浮かぶほこりを金色に染め上げている。

「もうすぐ満月だから…時間が来たんだ」

納戸の前で立ち止まると、いつもは固く閉じられていた引き戸が、リツの前でゆっくりと音もなく開いた。中は真っ暗で、祖母が大切にしていた古い箪笥や行李が、輪郭だけを淡く浮かび上がらせている。

「入っていいの?」

「うん、リツなら」

躊躇いながらも一歩踏み出すと、足元から微かな光が広がった。それは床板から漏れる光で、まるで床下に何かが隠されているかのようだった。リツがそこにかがみ込むと、板の隙間から青白い光が溢れ出し、やがて部屋全体を包み込んだ。

「わぁ…」

リツの驚いた声が響く間もなく、床板が音もなく開き、光の階段が現れた。それは実体のある階段ではなく、光そのもので形作られていた。

「リツ、大丈夫。降りておいで」

信頼するいえぞうの声に背中を押され、リツは恐る恐る階段を降り始めた。一段、また一段と降りていくと、そこには納戸よりも広い、円形の空間が広がっていた。

「ここ…何?」

壁も天井も床も、すべてが淡い光を放っている。それは木目そのものが光を宿しているようで、心地よい温もりを感じさせた。部屋の中央には、小さな池のように見えるものがあり、その水面—いや、それは水ではなく、光の粒子が集まったもの—に無数の映像が浮かんでは消えていた。

「ここが、『記憶の間』だよ」

いえぞうの声が、部屋そのものから響いてきた。

「この家に住んだ人たちの、大切な記憶が集まる場所なんだ。リツのお父さんやお母さん、おばあちゃん、その前のご先祖様たちの記憶も、みんなここに集まってる」

光の粒子が渦を巻き、リツの目の前にぼんやりとした映像が浮かび上がった。それは母の笑顔だった。記憶の中でしか見たことのない、あたたかな瞳と優しい微笑み。

「お母さん…」

リツの声が震える。そして次々と映像が変わっていく。父が庭で木工をしている姿、祖母が囲炉裏で語り部をしている様子、幼いリツが初めて歩いた瞬間…。

「これが、いえぞうの魔法の源なんだね」

「そうだよ。この家に住んだ人たちの想いが、僕の力になる」

リツは光の粒子に手を伸ばした。触れると、それは水のように指の間をすり抜けていくが、確かな温もりがある。

「でも、どうして今日、ここに連れてきたの?」

いえぞうの声が急に重々しくなり、部屋の光が揺らいだ。

「リツ、教えなきゃいけないことがあるんだ。この家が、どうしてこの異世界に来たのか...そして、これから何が起きようとしているのか」

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