宇宙賛歌(フラーレ・コスモス) ~讃えよ宇宙、我らが住まいの防衛戦~改稿版

有音 凍

讃えよ宇宙――我らが住まいの防衛戦(改稿版)


 ――これは三十七兆の命を守る戦い


 我らの宇宙――三十七兆の生命が共に暮らす帝国。

 それは、徹底した統制によって支えられた秩序の世界である。


 自由を重んじる者たちには専制と映るかもしれない。

 しかし、種族も役割も異なる生命をひとつにまとめるためには、強い仕組みが必要なのだ。


 帝国は巨大な構造体である。


 星々をつなぐネットワーク、炭素繊維で張り巡らされた通信回路。

 常時稼働するエネルギー発電所、そして量子コンピュータが制御する高度な情報管理システム。

 それらすべてが連携し、ひとつの宇宙を守っている。


 その機構を支える資源は、複雑に編まれた供給網を通じて、絶え間なく流れ込んでいた。

 帝国は繁栄していた――しかし、その繁栄を狙う者がいる。


 帝国には常に外敵がいる。


 辺境から侵入し、内部へと浸透しようとする異物。

 欲望に突き動かされ、吠え、喰らい、増殖する者たち。


 これに立ち向かうのが、帝国宇宙軍の精鋭たちだ。


 最前線では、高分子の壁と水分子による防壁が築かれ、そこを守る兵士たちが命をかけて戦っている。

 突破されれば警報が鳴り響き、即応部隊〈白〉が派遣され、侵入者は即座に排除される。


 だが、敵の中には数で押し寄せる者、姿を偽る者、密かに潜り込む者もいる。


「領宙侵犯、侵入者を発見!」


 監視システムが緊急アラートを発した。


「NK部隊、緊急出動! KT部隊も続け!」


 機動精鋭たちが次々に発進する。

 一騎当千の彼らは敵を発見し、確実に、冷徹に排除した。


 帝国の守りは盤石――

 そう思われていた。だがある日、それは破られた。



 帝国中枢司令部に、緊急報告が入る。


「M9宙域に異常発生!」


 そこは、防衛が最も脆弱とされていた領域。

 そして、すでに――


「大穴が空いているだとっ……現地の映像は」


「モニターに出します! 特殊戦略機動部隊γδT(ガンマデルタティー)の電子偵察機からのリアルタイム映像です!」


「……むぅ」


 画面に映し出されたのは、すでに億単位の兵士が倒れ伏した戦場だった。


 赤黒き外殻を持つその存在は、細胞膜を溶かしながら内部へ侵入する化け物ども。


 帝国歴第38期の巡りの中でも、最大級の“災厄指定種”に登録されている――


「ヴァイラス……だな」


 正式コードネームは《H3N2型》、通称――インフェル・エンザ・ヴァイラス。


「パターン解析中――基本構造は《H3N2型》――

 こ、これはっ……」


 ヴァイラスの遺伝子構造を解析するオペレーターが絶句した。


「結論をいえ……」


「い、遺伝子形にひずみが38か所も……」


「むぅ……」


 これまでにヴァイラスとの戦闘経験があった司令官だが――


「変異……種……か」


 と、湧き上がる恐怖に――声を絞る、他なかった。


 複数の触手を器用に伸ばし、防御層の一部に“鍵”となるコード断片を挿し込む。

 まるで招き入れられたかのように、奴は防護壁の中へと侵入する。


 やがて始まる、“内部からの爆発的占拠”。

 侵入先の資源――mRNA構造――を奪い、自らの設計図を複製し始める。


 それはおぞましすぎる光景だった。

 命を奪って、“工場化”するという冒涜だった。


 あっという間に数百、数千の分体が生み出され、細胞は限界を迎える。

 そして――爆ぜた。

 拡散(エアロゾル)戦術……だ。


「……ああっ」


 その光景にオペレーターが涙する。


「……泣いている暇華、かくなる上は総力戦――

 出し惜しみはなしだ、部隊を全力で投入しろッ!」

 

 司令官は、即時に〈白〉部隊の投入を決定。〈NK〉〈KT〉をフル稼働させ、全宙域の部隊に集結を命じた。


 同時に、「ラグナロク艦隊」の再編を発令――


 そして、長く苦しい戦闘が始まった。


 防衛線を敷くも、ヴァイラスは内側へ内側へと侵入する。

 それを推しとどめようとした兵士が次々に倒れ伏す。


 殺され、侵入され、貪られて、ゾンビのように。


 一日目、戦闘は一向に止まらない。

 二日目、むしろ激しさを増すばかり。

 三日目、火のような戦火が広がった。


 四日目――

 宇宙全体が熱を帯びたように、暴走を始めていた。



 そして迎えた五日目――


 司令官は、眼前の艦隊を眺めてこう言った。


「ラグナロク艦隊……ようやく、形になったな」


「はい、対抗兵器〈アンティコルプス〉の蓄積も十分です」


「よろしい、では、始めよう」


 一つ頷いた司令官は、回線振るオープンで全軍に告げる。


「本日、現時刻をもって――

ラグナロクなぐりこみ作戦の発動を下令する」


 1,000億をこす兵士たち――

 それが鞭毛を震わせ、細胞を振動させ、化学信号で「応ッ!」と回答したのだ。

 ゴォォォッと、宇宙を震わす、戦意が巻き起こる

 

「皆、成すべきが分かっているようだ……な」


 司令官は静かに息を吐いた。

 自らの細胞もまた、この宇宙の一部であることを思い出しながら。


 そしてゆっくりと口を開き、絞るように――


ウイルスヴァイラスどもを、踏みつぶせ……ッ!」


 ――確かに、そう言ったのだ。


 


 私たちの身体という小宇宙は、今も戦っている。

 三十七兆の命を守り、繋ぐために。


 そう、いまこの瞬間も――我らの中で、戦っているのだ。


 讃えよフラーレ

 我らが宇宙を讃えよフラーレ・コスモス――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙賛歌(フラーレ・コスモス) ~讃えよ宇宙、我らが住まいの防衛戦~改稿版 有音 凍 @d-taisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ