第13話

留学生は慎しやかで、いつもニコニコしているというのは大間違いだと僕は知っている。うちの学部は留学生担当みたいなところがあって、よく留学生が来るので、案内役を任されることがある。僕が英語を話せるからかというと全く違う。正直なにが理由か分からない。今日は金髪のエレナを案内している。僕は午前休の日に、この街の観光名所を巡っていた。


「(エレナさん、ここはサイクロイド橋といってね。蒲鉾が二つ並んだような、円のサイクロイドのような形をしているからそう名づけられたんだよ)」

「アナタノエイゴ、ヘタスギ! マッタクヨクワカラナイ。スミマセンケド、エイゴヤメテクダサイ。ニホンゴオネガイシマス」

「そうですか」


彼女は一旦こちらを向いて営業スマイル的に微笑んで、すぐにつまらなそうな顔になってスマホを見だす。しかし、今さら、止めることはできない。


「ここは、水が少ないときは、対岸に渡れるし、橋の下の両岸を歩いていくこともできるんだよ。生憎昨日まで沢山雨が降って、むちゃくちゃ増水してるからムリなんだけどね」

「ソウカ」


エレナはまたスマホを見て、電源を入れて、また電源を切った。時間を確認したんだろう。そう、昨日まで雨が降っていたのがよくなかった。そうでなければ、山にも登れたし、観光ももっと楽だった。なによりあんなことも起こらなかっただろう。


「じゃあ次のところに行こうか」


エレナは何も言わず、橋の上に勝手に走っていくと、写真を撮り出す。もういっそここで解散でいいんではなかろうか。


「ジャパニーズコスプレ!アレ知ッテマス!!」


あまりに写真を撮りすぎなので、エレナの横に行って見下ろすと、橋の下の川に何艘もの鉄の舟が浮いていて、その上に蛸と猿を遺伝子操作で混ぜて、極度にグロくして服を着せた人型生物のような者達が、何人も乗っている。橋の下のサイクロイド部分が、チカッ、チカッと光るとそのたびに新しい舟が出てくる。一番先頭の舟の一番先端に乗っていた生物がこちらに剣のようなものを向ける。


「頭を下げて!」


橋の欄干の影に僕と一緒に、エレナの頭を押し下げて隠れると、僕達の上を何かが通り過ぎていき、その進行方向の遠くの商店街の方で、破壊音がした。見ると、商店街のアーチのところにかかっていた看板に穴が空いている。


「オオ、スゴイパフォーマンス! アナタノセイ良ク見エマセン。勝手頭抑エルヤメクレマセンカ?」


エレナが僕に文句を言ってくる。だが、僕はもうそれどころではない。


「もう、今日は解散でいいですか? エレナさんは帰ったほうがいいと思います。危ないので」

「ワタシノ国、ココヨリズット危険。アナタワタシノ国ニイタラ、今日十二回死ンダ。日本ニトテモ安全。アナタノ危険、ワタシハ普通デス」


さっさと帰したいのだが、エレナは全く聞く気がない。僕は深い溜息をついた。とりあえず、この川から彼等が外に出てきては困る。僕は胸ポケットから黒色のボールペンを出し、ボタンを握り、一振りする。ポールペンはすぐに大型の銃に変化し、僕はダイヤルを回すと、自分の橋に一発、橋から身を出し、舟が出てきたほうの橋に一発ぶち込む。すると橋と橋の間が光の壁で結ばれる。


「キレイ! コレナニ?」

「二つの橋をそれぞれ壁として指定した空間を、遮断機能つきで実体化させただけです」


とりあえず、舟もろとも彼等は閉じ込めた。剣を一斉に翳し、壁に光線をぶつけてくるが、効果はない。向こうの橋の下が相変らずチカッチカッと光り、その平面が僕の光の空間に含まれていることで、新しい舟がまた入ってくる。このまま空間を彼等で寿司詰めにしたい訳でもない。


「エレナは僕と一緒に来るんですか?」

「サイゴマデ私エスコート、アナタスル、当然デス」

「仕方ないですね」


僕は銃のダイアルを回すと自分に一発、エレナに一発ぶち込むと、二人の服の上から半透明の膜が覆う。


「行きますよ」


僕はエレナの手を握ると、橋のたもとに走る。そこには橋の下への階段がある。蛸猿人たちを閉じ込めた光の壁に銃を翳すと、人一人通れる穴が空いたので、エレナとそこを通り抜ける。すると、また光の壁が閉まる。そのまま、僕達は石造りの階段を下りる。エレナが叫ぶ。


「走ル、ハヤイデス。川ノミズ、高イデス。シタ下リル、デキナイ」

「僕達はできます」


そのまま僕達は川の上に乗った。


「オオ!! コレモ、マジック! ヤット、アナタ、面白イデス」

「まだまだですよ」


僕は銃のダイヤルを回し、向こうの橋の下の空間に一発。チカチカしていた彼等の入口は常時開放状態となる。先頭の舟の蛸猿人達が、僕達に気づいて、また剣を向けてくるが、その前に僕は銃を自分の胸ポケットに近づける。穴から消しゴムを取り出し、スイッチを押すと、すぐ足元に投げた。


バウン


ケシゴムは前方を塞ぐ大きなマットとなり、僕達と蛸猿人達の間に立ちはだかった。


「たしかエレナさんは、空手とボクシングをやってましたよね?」

「ソウ、ワタシ戦ウ、アナタ、スグ死ニマス」

「なら、このマットを一緒に押せます?」


僕達はマットをぐいぐい押していく。こちら側の力にのみ反応し、向こうの力は吸収するマットになっているので、舟ごと蛸猿人達は、川を遡っていく。


キイイイイイ


蛸猿人達は叫び出し、マットにいよいよ、光線を当てたり、剣で切り付けたりしているが、マットは全く何のダメージも受けず、ただ柔らかく、彼等を押し続ける。一双、また一双と彼等は自分達が潜ってきた入口を通り抜け、やがて、マットは最後の蛸猿人を元の入口から、押し戻した。このまま入口を閉鎖してもいいけど、彼等がいつ別の入口を作って、侵入してこないとも限らない。


「このまま押して行きますよ」

「モウツカレタ。アナタヤレ下サイ」


やる気をなくし、スマホを触りだしたエレナを横目に、僕は最後の一押しをして、彼等の侵入口に入り込んだ。


「オオ!! 宇宙戦闘機震電!!! ヤッパリソウ、思ッタ! アニメソノママ!」


そこは、下に水が満たされているほかは周りが金属板だらけの部屋で、側面には機械とパネルがずらりと並んでいる。その横には窓がつけられていて、地球が大きく一つの球として映っている。名前しか知らない、古すぎるアニメのことをわめいているエレナはほうっておいて、僕はダイヤルを調整した銃を近づけ、侵入口にロックをかけた。これで、この侵入口は僕がロックを解除するまで使えない。


バタン


これまで押してきたマットが倒れた。とっさにエレナを見る。エレナはパネルの所に行き、ボタンを押しまくっている。今まで押し込んできた蛸猿人達を見る。しかし、彼等はただ乗ってきた舟にだらんと座り込んでいるだけで、何もしていなかった。


「コレデヒラク、ダッタ」


飽きたのか、エレナがボタン押しを止めると、パネルに電源がつき、画面に色々な文字が錯綜し、やがて、一人の人物が映し出された。顔はいかにもに部品が見えているアンドロイドで、体には赤を貴重としたボディスーツ、その上に色鮮やかなコートを着ている。


「火星大佐メーユ!!!! スゴイデス!!」


ん? そんなにそのアニメに似ている? 留学生は大抵異様に沢山のアニメを見ているから、そういうこともあるのか?


メーユ似の人物が口を開く。これはテレパシーか。


『ソコノ女デ置イテ、帰レ! ソウスレバ、オマエガ街、侵略デ我慢スル』


な!? エレナがいれないい? どういうことだ??


「サスガ、メーユ! パーフェクトエイゴデス」


エレナが更に喜ぶ。ん? テレパシーの翻訳機能に日本語と英語で誤差が? 確かに英語の方が相対的な情報量は多いが? 僕は何かとっても明白な、大事なことを見落しているような気がしてならなかった。とりあえずテレパシーを返す。


『この女の子エレナをどうするつもりです? 一応今日は案内を頼まれているのでね。僕の住んでいる街までは責任を持って送り届けますよ。侵略もさせません』

『アンナイ? ハハハハ。オマエガコノ女アンナイ? ナラ、エレナイウコノ女ノ意見、キイテミロ!』


エレナがこちらを向く。


「アンナイ、アリガト。アナタ、ガンバッタネ。最後チョット面白イ、ヨカッタ。学校ニマタ会イマショウ」


な!? 僕は混乱した。エレナはここに残りたがっている? いや、冷静に考えろ。何かがおかしいのだ。もしや?


「エレナ? ちなみに、メーユは君に英語で何て言ったの?」

「アア、ゴメンデシタ。アナタ、エイゴ、トテモワルイ。分カラナカッタネ。メーユ、ワタシヘ、今日好キナダケ、ココデ、遊ンデイッテイイ、言ッタ。帰リ、ワタシ、エスコートシテ、寮返シマス。コノメーユ、優シイデス。アナタヨリ、トテモ」


やはりテレパシーの二重化。相手によってテレパシーを変えていたのか。同時にテレパシーを発していたから、これはかなり高度な技術だ。それよりも。僕はエレナをスマホでスキャンする。なるほど。僕は深く溜息をついた。またもや、メーユが話しかけてくる。


『ホラミロ。ソノ女、オマエノ案内、キライダ。ハヤク、ソノ女オイテ、オ前ノ街、カエレ!』


僕はメーユの言葉を無視して、自分のスマホをパネル下の機械に繋ぐ。USB-TypeAの穴があったからちょうどよかった。そして、スマホを操作する。するとメーユの頭部が光り出す。ギアが高速で回り出し、頭頂からは大きな煙が出る。同時に、僕達のいる部屋の、蛸猿人達が舟の上でそれぞれ寝転がっている、その奥の扉が開いた。


「メーユ!!?」

「エレナ、メーユはあっちにいるよ」


エレナを連れて、奥の扉を潜ると、そこには、メーユのアンドロイドの首が、縦に割られて落ちていた。そして、


「(ママ!????)」

「(エレナ!!)」


赤いスーツやコートを着ていて、アンドロイドの顔があったところに、エレナとそっくりな、30代くらいの金髪の女性がそこにはいた。エレナが、エレナママに飛び付く。エレナママはエレナをやさしく抱き止めると、エレナの髪に顔をうずめた。


「(どうしてママがここに?)」

「(あなたのメッセージを見て、飛んできたのよ!とんでもない下らない男に案内されてるって)」


彼女は僕の方をキッと見た。


「ア、アナタ、英語、全然ダメ、ワスレテマシタ。コノヒト、ワタシ、ママデス。イツモ、メッセージシテル」

「案内してるときに、スマホを触ってたのもお母さんにメッセージしていたと」

「ソウ。暇ダッタカラ」

「エレナトママ、トッテモ仲良シ、ネ! イッショニ、アニメ見テ、日本語ベンキョウシタ、ネー!」

「ネー! ウン、ママダイスキ!!」


「エレナが大事なのも、会いたかったのも分かります。でも、さすがにやりすぎですよ。看板壊してたじゃないですか」


そのあとエレナは、母親が再現した自分の一番好きなアニメの世界を堪能して、寮に帰った。今日は久しぶりにしてやられた。エレナが留学しに来た時点から、すでに僕達の街は異星人に平和的に入り込まれていたのだった。

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大学が忙しいのに御呼びがかかりすぎる僕の日常 山瑞 @bep

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