第2話 この時代で生きていく

「なるほどな。お前は2025年の世に生きており、家から出たら霧に包まれて戦国の世へ……ふっ、そんなわけがあるか。」


 伊達政宗は半笑いで、優也の話をばっさりと否定した。

 予想はしていた。けれど、その反応に優也はがっくりと肩を落とす。


「そんなわけがなかったら、どれほどよかったか……俺だって、そんなわけないって思ってますよ。こういうのは物語の中の話であって、俺みたいな奴が体験することじゃない……」


 政宗と片倉小十郎は、沈んだ様子の優也をしばし見つめ合った後、真剣な面持ちに変わった。

 彼の言葉には、取り繕ったような嘘は見えない。むしろ、戸惑いと困惑が滲み出ていた。


「悪かった。優也、お前の言を信じよう。たしかに、その風体は我らの時代にはないものだ。南蛮渡来の衣にも、それほど奇妙な意匠は見られぬ。」


 政宗の口調が柔らかくなる。優也はその一言に、少しだけ救われた気持ちになった。

 けれど、不安が消えるわけではない。


「じゃあ……どうすれば、俺は元の時代に戻れるんでしょうか?」


 その問いに、政宗は首を振った。


「残念ながら、我らにその術はない。だが、お前がこの時代に来た理由があるとすれば、それが何かを果たすことで道が開けるやもしれぬ。」


 それが希望なのか絶望なのか、優也には判断できなかった。

 ただ一つ確かなのは、「ここで生きるしかない」ということだった。


「では優也よ、お前が元の世に戻るためにも、まずはこの戦国の世で生きる術を身につけるがよい。何か、得意なことはあるか?」


 政宗の問いに、優也は一瞬考え込んだ。

 しかし、当然何も浮かばなかった。無気力に生きてきた自分が、誇れることなど何一つない。


「正直……何も……」


 その言葉に、政宗も小十郎も、驚く様子はなかった。むしろ当然のように受け止めているようだった。


「そうか。ならば一から学ぶがよい。この城には多くの務めがある。文を記す者、馬の世話をする者、台所を預かる者……まずは己にできることを探すのだ。」


 小十郎が静かに言葉を継ぐ。


「未来とやらには、我らの知らぬ知識もあるのだろう。お前がそれを生かすことができれば、この城にとっても力となるかもしれぬ。」


「……わかりました。やってみます。」


 ようやく、優也は前を向いて答えた。覚悟は決まっていない。けれど、逃げる場所もない。

 だったら、やるしかない。


 政宗は満足げに頷き、側近に命じた。


「優也のために、着替えと寝所を用意せよ。まずは体を休めよ。明日からはこの城での務めを見せてやろう。」


 用意された部屋は、畳と木の香りが心地よい、質素ながらも清潔な場所だった。

 優也は布団に横になり、天井を見上げた。


「……ほんとに、戦国時代か……」


 まるで夢の中にいるようだった。けれど、布団の硬さも、外から聞こえる虫の声も、現実だった。

 この時代で、自分は何ができるのか。できることなんて、本当にあるのか──


 翌朝、小十郎が迎えに現れた。


「支度はよいか。今日は城内の務めを見学させる。多くの仕事があるゆえ、自分に合ったものを探すのだ。」


 優也は頷き、城の中を案内された。武士たちの訓練場では、木刀が激しく打ち合わされていた。

 書状を整理する役人たちの静かなやり取り、台所で慌ただしく動く女性たちの手際の良さ……どれも、自分には遠い世界に見えた。


「ここでの仕事は多様だ。自らの力を知り、場所を得るがよい。」


 小十郎の言葉に、優也は静かに決意を固めた。

“帰る方法”がわかるその日まで、ここで生き抜いてやる──


 小さな一歩だった。でも、確かな一歩だった。

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