第3話 ”まぐれ“から始まる俺の一歩
小十郎に案内されて、城内の仕事場を見て回る優也。書状を扱う役人、兵の訓練に加わる武士、物資の管理や馬の世話をする者たち……どれも重要な仕事ばかりだ。
だが、自分にできそうなものは、正直見当たらなかった。
(文字は書けるけど、達筆とか無理だし、武士の訓練とかマジで死にそうだし……)
「どうだ、自分に合いそうな務めはあったか?」
小十郎の問いに、優也は曖昧に首を横に振るしかなかった。
「すみません、どれもすごくて……なんか、自分がやっても邪魔になる気がして……」
小十郎はそれ以上は何も言わず、静かに頷いた。しかし優也は、自分の無力さが情けなくて、何か行動を起こしたくなった。
「少し、外の空気を吸ってきてもいいですか?」
そう言って、城の裏門を抜けると、近くの小川に向かって歩き出した。途中で見つけた、使い捨てられた釣竿と竹かご。少しほころびていたが、使えそうだった。
(どうせ暇つぶしだし、ちょっと釣りやってみるか。……20年ぶりか……)
昼食としてもらっていた梅おにぎりを少しちぎり取り、丸めて針につける。
「こんなもんで釣れるわけないか……いや、釣れても困るな……うわっ!? 来た!?」
油断していた糸が急に引っ張られ、慌てて竿を引き上げると、そこには銀色に輝く鮎がいた。
「……マジか。これ、まぐれだよな?」
とりあえずもう一度、米を丸めて針に付けて投げる。数分後、また当たりが来た。
「うそだろ、また!? ……しかも今度は山女魚か?」
その後も釣り糸を垂らすたびに当たりが来て、気づけば竹かごの中は魚でいっぱいになっていた。
時間も良かったのだろう。でもそれ以上に、優也の体に染みついた感覚が蘇っていたのかもしれない。
「……これはさすがに、まぐれって言ったら嫌味か。でも謙遜しないとな……時間帯が良かったってことにしよう」
そう呟きながら城に戻ると、ちょうど小十郎が待っていた。
「優也、自分に合いそうな仕事は見つかったか?」
「いえ、それがやっぱりどれも難しそうで……でも、暇つぶしに川で釣りをしてたら、これだけ釣れました。」
そう言って竹かごを差し出すと、小十郎の目が見開かれた。
「……これはまた、見事な釣果だな。もしかして、釣りが得意なのか?」
「いや、たまたまだと思います。昔、少しだけやってたんで……でも、楽しくてつい……」
小十郎は腕を組み、しばらく考え込んだあと言った。
「ならば、しばらくは釣りを役目とするがよい。台所では新鮮な魚は重宝される。この時代では、そうした食の確保もまた重要な務めだ。」
そのまま政宗にも釣果を見せに行くと、彼も興味深そうに鮎を手に取り、にやりと笑った。
「お前、まさに我が城の釣り名人だな。これからも腕を磨き、我らの食卓を賑わせてくれ。」
「は、はい……!」
照れくさいような、でも嬉しいような。
現代では誰にも頼られたことがなかった優也にとって、初めての「役目」だった。
こうして、優也は釣り師として城の一員となった。朝早く起きて川に出かけ、昼前には魚を持ち帰る。台所の者たちに喜ばれ、名前も少しずつ覚えられていく。
最初は暇つぶしだった釣りが、彼の居場所をつくり始めていた。
(まさか、こんなところで……魚で人の役に立つとはな……)
不思議な感覚だった。だが、悪くない。
少しずつ、この時代の空気が、自分の中に馴染んできていた。
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