最高の天ぷら屋

 その天ぷら屋さんは私は前々から行ってみたかった店ではあるのだが、タイミングが悪いのか、巡り合わせが悪いのか、忘れてしまっていたりとなんだかんだで行く機会を長らく逃していた。


 しかしある日の休日、予定もなく暇をしていたころ。ふとその店のことを思い出す。

 よし。こういうのは色々思考を巡らさずに行った方がいい。行くか。


 電車に乗り、終点まで揺られていく。

 改札を出て駅ビルを歩くこと数分。ちょっとした行列が目に付いてくる。

 お目当ての店だ。


 流れるように最後尾にならび自分が呼ばれることを待つ。

 看板には本日のおすすめが書かれており、この日のオススメはのどぐろ。いいじゃないか。


 期待に胸を膨らませていくうちに番が回る。


 暖簾を潜って店へと入る。

 店内はテーブル席とカウンターが1:1の割合くらいの比率で設置されており、私はそのままカウンター席に座った。


 店内は人が多いため少しだけ騒々しいが、これもまた人気店であることの証明に他ならない。

 照明の灯りは行灯あんどんを思わせるような少しほの暗い明るさがあり、どこか高級感というかおごそかな雰囲気を店内に漂わせていた。





「天ぷら定食卵天付きと追加でのどぐろとかき揚げで」


 並んでいる最中に決めていた注文を店員さんへ流れるようにしていく。


 この店はご飯と味噌汁が着いてきて、ご飯はおかわり無料ときたものだ。

 そしてなんと卓上には塩辛が置いてありこれまた好きに取っていいとのこと。最高か?

 私はこの時点で満腹の状態で帰宅できるであろうと確信をもち、ちょっとだけ口角が上がった。




「ご飯とお味噌汁になります」


 先んじて定食のご飯と味噌汁が私の前に並ばれる。

 何故天ぷらが来ないのかと言うと、この店は出来たてほやほやを提供するシステムとなっているため、各天ぷらが揚がり次第卓上に出されるためだ。

 現に私の目の前では店員さん達が、懸命に私の(と思わしき)天ぷらを揚げている。


「いただきます」


 まだかまだかと思いながらも私は口寂しさに白米に手をつける。

 せっかく塩辛があるのだからな、使わねば損だ。

 壺から塩辛を取り出し、ちょんちょんと白米の上に乗せ天ぷらが揚がる様子を眺めながら飯を食べる。




「鱚になります」


 まず1つ目の天ぷらが来る頃には既に私はご飯を茶碗の半分程食べ進めていた。

 天ぷらをまだ食べていないのにだ。何をやっているんだろう。愚か者か?


 まぁいい……鱚をいただこうか。

 魚の天ぷらを食べる際は私は毎度毎度天つゆにするべきか塩にするべきか迷うんだよな……とりあえず今回は天つゆだ!




 美味っ! あっつ!

 出来たてのホカホカした鱚の柔らかい身が優しく口の中を踊っていく。


「舞茸です」


 ハフハフと鱚を楽しむ私にさらなる天ぷらがやってくる。




 うーん美味い!

 これもまたきのこの独特な食感と衣が天つゆに優しく合っている。


 そうやって食べ進めていると気づけば茶碗は空だった。


「すいません。ご飯おかわりお願いします」


 慌てることもなく私はおかわりを注文する。

 味噌汁でも啜って待つとしよ……


「海老とイカとかしわ天になります」


 おおっともう追加来たよ。

 実はまだ、鱚も舞茸も食べ終わってないんだぞ。

 そんな嬉しい嘆きをしながら私は出された天ぷらを自分の皿に乗せていく。


「ご飯のおかわりです」


 それとほぼ同時におかわりがやってくる。

 じゃあ更なる追加も楽しみますか。




 美味い〜……!

 プリっとした海老、歯ごたえのあるイカ、柔らかく食べ応えのあるかしわ天……どれをとっても美味いとしか言えない。

 なんだここは……ここが桃源郷か?

 幸せが止まらないぞ。


「卵天になります」


 卵天これだけ別の器に乗せられてやってくる。

 これはちょっと後で食べることにしよう。

 具体的には2杯目食べ終わってから。


「かぼちゃとのどぐろです」


 そーだ、そーだよ。まだあるんだ。




 あーったまんない!

 甘いかぼちゃ、熱さを残しながら柔らかい口溶けののどぐろ……。

 私の表情筋は緩みが留まることを知らず、恍惚の表情で溢れかえっていく。


 2杯目が無くなり、私はまたもやご飯のおかわりを注文する。


 ここで先程の卵天の出番というわけだ。

 卵天にタレをかけて、専用の器内で割って、ご飯にかけていく。

 そう、卵かけご飯だ。

 しかしただの卵かけご飯ではなく、天ぷらなため、中にはほんのり熱が通っており、半熟卵に近い。

 じゃあ3杯目と行きますか……!




 トロトロとしてて美味い!

 天ぷらとして熱が通っていることで卵の甘みがさらに引き出されている。これだけでも腹によってはご飯1杯どころか2杯目までいけそうな味の濃さだ。



「かき揚げになります。これでご注文は最後になります」


 これで最後か……。

 かき揚げに天つゆを染み込ませ私は頬張った。




 あぁ……美味い……!

 天つゆが染み込んだかき揚げはザクザクともいいながら、染み込んだ天つゆによって食べやすく深みを増した味わいとなっている。

 ありがとう……そんな思いが駆け巡っていった。




「ふーっ……ご馳走様でした」


 ちょっと冷めてしまった味噌汁を最後に啜って私は手を合わせる。

 最後に気持ちを落ち着かせるのに味噌汁はピッタリだ。


 会計を済ませて店を出た後私は軽く伸びをした。

 予想通り、しっかりと満腹で大変満足だ。


 なまなかなアトラクションよりも遥かに有意義に楽しく嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 本当に最高に美味しい天ぷらを堪能させてもらったのだと、私は実感しながら帰路に着いた。

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