第13話 喧嘩を売られてるのは、おれのほうなんだ

「いや申し訳なかった。私たちの早とちりだった」


 翌日、牢屋で一晩を過ごしたおれとクレアは、なんとか解放してもらえた。


 ミュゼの証言や、人さらい一味のアジトの様子、衛兵らが捕らえてきた一味の発言などから、クレアは人さらいとは無関係であると証明されたのだ。


 おれとクレアの関係にしても、宿のおばさんの証言で、メリルの勘違いであったと納得してもらえた。(その後、おばさんには『無理するなって言ったでしょ』と怒られた)


 メリルはおれには丁寧に謝ったが、クレアに対しては慇懃無礼な様子だった。


「今回は違ったようだが、いずれ尻尾を掴んでやる……」


 おれたちの帰り際、そんな風に呟いているのが聞こえた。


 おれは改めてクレアを見上げる。確かに、この姿にこの目つきでは悪人にしか見えない。本人のジョークセンスの悪さもあって、口を開けばさらに勘違いを呼んでしまう。


 闇属性への偏見もあるだろう。光属性に並ぶレア属性だが、一般的な闇への認識は、悪の印象が強い。確かに、暗闇は恐怖を生じさせるものだ。


 しかし、夜の闇が無ければ人は安らかに眠れない。闇には心と体を安らげる力があり、決して悪いものではないというのに……。


 とはいえ闇属性に適した服装や、戦闘方法が、それこそ悪人スタイルのようになってしまうのは認めざるを得ないところだ。


 クレアはメリルの言葉を気にしているようだったが、それを口にせず、むしろ微笑んでみせた。


「良かったよね。ミュゼちゃんは教会に帰れたし、他にも何人かさらわれた子を連れ戻せるみたい。人さらいの一味も一網打尽にできたし、言うことないね」


「……うん、悪くない結果だ」


 自分が捕まったことへの不満の一言もなく、少年少女の無事や悪の崩壊を心から喜べる……。


 いい子だな。とても好ましく思える。


 でも、ふと目を向けられると睨まれているようで身構えてしまう。メガネはかけてたほうがいいな。


「ところでエリオットくん、大丈夫? 体、痛い?」


「うん、実はめちゃくちゃ筋肉痛」


 おれは牢屋から出てから少しばかりは歩いてきたが、全身が痛くてだるくて、もう身動きできない。


 昨日はまだ筋肉痛が治りきっていない中、スライムと死闘を繰り広げた上に、人さらいのアジトからの脱出もこなしたんだ。1日の運動の許容量を大きく超えてしまっている。


 あと、手の骨やら肋骨やらが特に痛い。骨折とまではいかないだろうが、ヒビくらいは入っているかもしれない。


 なぜ痛いのかと考えてみると、怯えたミュゼに思いっきり手を握られたり、クレアに恐怖したミュゼに勢いよく抱きつかれたりしたくらいしか心当たりがない。


 おれの体の骨、いたいけな少女の力にも耐えられないのか……。


「仕方ない。ここが使いどきか」


 おれは荷物から初心者用のポーションを取り出す。女神が用意してくれていた初心者セットのひとつだ。回復効果が弱い分、安価だ。その名もライトポーション。


 服用して少し待てば、骨や筋肉が治癒され痛みが和らいでいく。


「よし。完治とはいかないけど、これで充分か」


 実はポーションは筋肉痛へも効果がある。筋肉痛が激しい運動で筋肉が断裂して生じるものなら、怪我を治すポーションで治らないわけがない。


「いいの、使っちゃって? 補充するお金がもったいないから、いざってときまで使わないって言ってたのに」


 おれが筋肉痛でベッドで寝ているときに使わなかったのは、クレアの言う通り、金がなくて補充のアテがないからだった。


「クエスト報酬が出るからいいんだよ」


 さらに言うと、骨のヒビはさすがに自然治癒に任せていたら長引きそうだから、ポーションで早めに直しておきたかった。


「あ、そっか。そうだったね。じゃ、宿に帰る前にギルドに寄っていこうか」



   ◇



 冒険者ギルドにはすでに衛兵らから話が通っているらしく、報告はスムーズだった。


 人さらいの一味の撃滅。そして捜索依頼の出ていたミュゼの保護。これらに報酬が出た。


 受取額は事前に相談済みだ。クレアが7割、おれが3割受け取る。


 ほとんどはクレアの功績だから、おれは受け取るつもりはなかったのだが、アジトの発見やミュゼの救出はおれのお陰なのだからとクレアに主張され、協議の結果、今の割合になったのである。


 これでクレアに借金の残りも返せるし、消費したアイテムの補充もできる。


「マジか。エリオット、あの人さらいを退治したって?」


「すごい。どうやったの? 倒したんじゃないよね? なにか罠でも仕掛けたの?」


 今回の功績を聞きつけたのか、周囲にどんどん人が集まってくる。声をかけてきたのは、初日に知り合った男女ふたり連れのパーティだ。名前はライとチェルシー。


「いや、残念だけど、ほとんどはクレアが……」


 とかやっているうちに、クレアは人を避けて端っこのほうに行ってしまった。そういえば人見知りなのだった。


 う~ん、あの黒装束とあの目つきで、人を避けてる感じ……怪しく思われちゃうのも仕方ないよなぁ……。


「へえ、じゃあわざと捕まって、仲間に尾行させたのか。やっぱ度胸あるなお前!」


「5Gのエリオット、やはりGのひとつは度胸GUTSかよ」


 などと周囲が盛り上がっていると、ズカズカと足音を立てて早足で近づいてくる者がいた。


 もうあいつの耳にも入ったか。


「おいクソザコ、てめえ! オレの邪魔すんなっつっただろうが!」


 不機嫌に顔を歪めてレイフが割って入ってきた。ライやチェルシーを始め、周囲の冒険者たちは彼を恐れて離れてしまう。


「邪魔ってなんのこと?」


「とぼけんじゃねえ! 人さらいどもだろうが! オレが狙ってたんだよ! 人のヤマ奪っといてタダで済むと思ってんのか!?」


「狙ってた? レイフさんが? いつも暇そうに酒を飲んでるから休暇中なのかと思ってたよ」


「誰が暇だコラァ! でけえヤマは、時間をかけるのが常識なんだよ。それぐらいの報酬は出んだからなァ!」


 おれは胸ぐらを掴かまれ持ち上げられる。そして突き放され、尻もちをついてしまった。


「オラ、財布出せ」


「なんで?」


「報酬。金貨20枚はあんだろーが。迷惑料にもらっといてやる。どうせオレがもらうはずの金だったんだからな」


「報酬が欲しかったなら、なんでもっと早く動かなかったんだ。Bランクの実力なら、そこまで難しくなかっただろうに」


「口答えしてんじゃねえ」


「まさか、いつもこんなことしてるのか? 必死で仕事をこなしてきた人の報酬を、因縁つけて力づくで奪う? 強いならそのほうが楽だから? 暇そうにしてるのも、そうやって獲物を探してるからなのか?」


 問いながら周囲を見渡してみると、何人かが目を逸らしていた。やはり、そうか。冒険者同士の諍いは、一般人が巻き込まれない限りは衛兵は手を出さないからな。この街で飛び抜けて強いのなら、相当好き放題やってきてたはずだ。


「てめえの体で確かめな――っと!?」


 おれを蹴り上げようとした足を、黒い影が止めた。クレアだ。間に割って入って、おれを庇う。


「なんだてめえ、その目はよォ?」


「…………」


 クレアは黙って睨み返すのみだ。


 いや、内心は怯えているんだ。


 ただでさえ人見知りなのに、実力で勝る高圧的なレイフの前に立つのは、相当な恐怖のはずだ。ここでは、得意の闇に紛れる戦法も使えない。


「牢屋送りになりてェのか? テキトーに悪事をでっちあげれば、てめえのナリだ、ろくに調べもしねえで衛兵は信じるぜ」


 クレアは怯む。


「いやならどけよ。それともてめえが払うか? 金貨20枚」


 そしてクレアは、ゆっくりと腰につけた金貨袋に手を伸ばそうとし――。


「やめなよ」


 ――おれはそのクレアの手を阻止した。


 何度もおれを助けてくれて、今も勇気を出しておれを庇ってくれているこの優しいおねーさんに、せっかくの稼ぎを払わせるわけにはいかない。


「下がって、クレア。喧嘩を売られてるのは、おれのほうなんだ」


「アァ? てめえが買うってのかよ?」


 ライが慌てて声を上げる。


「よせ! スライムにも勝てないお前じゃやられるだけだ!」


「いいや――」


 おれはにやり、と不敵に笑みを返す。


「――スライムには勝ったさ」




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次回、レイフと直接対決することになったエリオット。果たして彼に勝算はあるのでしょうか!?

『第14話 こんなやつに、おれは負けない』

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