第12話 いいもん。慣れてるもん……

 黒装束の女は、邪悪な笑みを近づけてくる。


「ふたりとも安心して。今度はわたしがさらっていってあげる。お家まで――」


「――いやぁ! 怖いよお、お兄ちゃぁあんっ!」


 この瞬間、ミュゼは泣き出してしまった。背後から思いっきり抱きついてくる。かなり痛いが、ここは我慢。


 すると女は、意外なことにうろたえた。


「あ、な、泣かないでっ。わたし、このおじさんたちの仲間じゃないからっ。本当だからっ」


 とか言いながら、倒した男の頭を地面にごすごすと叩きつけてみせる。白目を剥いた男がさらに血まみれになっていく。


 やっべえ、容赦ねえ……。


「ほらね? 味方だからね? 大人しくついてきてくれればいいから。ね? くくくっ」


 また笑みを見せる。流血した男の後頭部を抱えつつ。


 ものすごい脅迫だ……。おれの精神が、今の見た目通りの少年だったなら、確実に恐怖で身動きできなくなっていただろう。


 そして当然、普通の少女のミュゼは――。


「ひぃぅ……っ」


 あまりの恐怖に泣くことも忘れて硬直してしまったようだ。


「あう。困ったなぁ。ねえ、エリオットくんからも言ってよぉ。敵じゃないって」


 おれの名を知ってるだと?


 いや、それはそうか。冒険者ギルドに行った初日に、あんな騒ぎになったのだ。ホムディスの街の冒険者では、おれを知らない者はほとんどいないだろう。しかし――。


「――少し、馴れ馴れしいんじゃないか?」


 おれは警戒しつつ睨み返す。


 今は、どうにかしてミュゼだけでも逃さなければ。方法を思案しているのを悟られぬよう、あえて挑発してみた。


 どんな反応があるかと身構えていると、女は瞳を輝かせた。いや、潤ませた。半泣きだった。


「そんなぁ……わたしたち、もうお友達だと思ってたのにぃ……」


「おれがいつ友達になったっていうんだ? こちらは、そっちの名前も知らないのに」


「えっ?」


 女はきょとんと目を丸くすると、抱えていた白目を剥いた男をポイと捨てた。それから自分を指差す。


「わたし、クレアだよ? 同じ宿に泊まってるクレア・セイントだよぅ」


 いやその容貌と邪悪な笑いで、セイント聖なる者は無理があるでしょ。


「って、クレア?」


 内心でツッコミを入れてから、改めて気づく。そういえば『くくくっ』という邪悪っぽい笑い声には聞き覚えがあった。確かにクレアだ。


 しかし、おれの知ってるクレアとは印象が違いすぎる。


「クレアなら、なんでそんな暗殺者みたいな格好してるんだ?」


「ただの仕事用の装備だよぉ。わたしの属性に合わせたら、こうなるの」


「なんで、そんな睨んでくるんだ? 威圧感が凄いんだけど」


「ごめん、睨んでるつもりはないの。メガネ、壊れると嫌だから外してて……それでよく見えないだけなの」


「じゃあ、おれが冒険者ギルドに初めて行ったとき、ずっと睨んでたのは……」


「本当に睨んでたつもりはないんだよ? エリオットくんが来たのにびっくりして、ずっと見てただけで……」


「なるほど……」


 どうやらおれたちは、暗殺者然とした見た目と、邪悪な笑いと、敵への容赦ない仕打ちによって、彼女を悪人だと誤解してしまっていたようだ。


 いや誤解するわ、こんなの。


 とはいえ、クレアなら安心だ。あのお世話を焼いてくれる優しいおねーさんが、悪人のわけがない。


「ごめん、クレア。状況が状況でね、敵だと思ってしまったよ」


「いいもん。慣れてるもん……」


 おれは、背後で震えているミュゼをぽんぽんと優しく叩く。


「ミュゼ、安心して。彼女はおれの友達だよ」


 ミュゼは改めてクレアを見上げる。クレアはミュゼに微笑む。しかし――。


「ひっ」


 ミュゼはまたおれの背に隠れてしまった。まあ、今のクレア、威圧感凄いからなぁ。


「うぅ……いいもん。慣れてるもん……」


 もう一度言うクレアだが、また涙目になっている。目つきは悪いまんまだけど。


 すんすんっ、と鼻を鳴らしてから、クレアは気を取り直す。


「とにかく、ここから出よう? 中の人は全部やっつけたと思うけど、外に出てた仲間とかが帰ってきたら面倒だし。ほら、エリオットくんの荷物も回収してあるし」


 荷物を受け取りつつ、おれは首を傾げる。


「全部やっつけただって? いつの間に? そんな音はしなかったけど」


「それはそうだよ。闇に隠れて背後から『コキャ』って感じでやっつけてきたんだもん」


 それはやっつけたというか、殺ってきたと言ったほうが正しいのでは……?


 見た目通り暗殺者じゃないか、とツッコミを入れたいところだけど。いや、またクレアのセンスの悪いブラックジョークかもしれない。気にしちゃだめだ。


 おれはミュゼの手を引いて、先導するクレアについていく。


 無事に洞窟を抜け出し、街の方へ向かって森を歩いていく。


 おれとミュゼに配慮して、クレアはたびたび休憩を挟んでくれた。ミュゼは余裕があるようだが、おれはすぐ疲労困憊になってしまう。


 そんな何度目かの休憩中のことだった。陽は沈んでしまったので、焚き火を囲んでいる。


「そういえばクレアは、どうしてあのアジトが分かったんだ?」


「実は……今日はエリオットくんが心配で、様子を見に行ってみたの。そしたらちょうど、さわれていくところで……。すぐ助けようとも思ったんだけど、他にさらわれた子もいるって思い出して、アジトまで尾行したんだ」


 それで突入して人さらいたちを片付けている最中に、おれたちが脱出して、中で遭遇したということらしい。


 そのとき――。


「見つけた!」


 声が上がったかと思ったら、松明を掲げた複数人が駆け寄ってきて、おれたちの周囲を取り囲んだ。


 人さらいの仲間……ではない。


「街の衛兵? それに――」


「お姉ちゃん? メリルお姉ちゃん!」


 取り囲んだ者たちのひとりに、ミュゼが駆け寄っていく。


「ミュゼ! 良かった、無事だったな!」


 衛兵とは違う、白を基調とした鎧と剣を装備した金髪の女性だ。その装飾から教会に仕える聖戦士だと分かる。ミュゼの保護者だろう。


 クレアはほっと一息をつく。


「良かった。捜索隊の人たちだよ。もう本当に大丈夫だね、エリオットくん」


 と緊張を解いたのも束の間。


「確保ォオオー!」


 メリルと呼ばれた聖戦士の掛け声で、クレアのもとに衛兵が殺到していく。


 あっという間にクレアはお縄を頂戴していた。


「あ、あの? わたし、なんで……?」


「とぼけるなぁ! その目つき! その黒装束! その返り血ィイ! どっからどう見ても悪人、しかもこんな夜に子供を連れている! これは明らかに人さらいッ! うちのミュゼだけでなく、そんな線の細い美少年まで拉致して……いったいナニをしようとしていたんだ変態めぇ!!」


「ええぇ、ちがいます、わたし、人さらいじゃないですぅっ」


「嘘をつけぇ! お前にはずっと目を付けていたんだ。普段から怪しい発言を繰り返し、邪悪に笑う不審者め。しかも闇属性だそうじゃないか! まさに悪の化身! 隠れて犯罪に手を染めていると思っていたが、いよいよ現場を抑えたぞ! ははははっ!」


 高笑いを決めるメリルである。


 一方クレアは、涙目を向けてきて、無言で助けを求めている。


 おれは頷いて、前に進み出る。


「クレアを離してくれ! 悪い人じゃない。おれを助けてくれたんだ。いつもお世話になってる人なんだ。この前なんかお金を――」


「お金ぇ!? 貴様、買春してたのかこのショタコンめぇ!」


 メリルは凄い勢いでクレアに食ってかかる。


「ち、ちがいますぅ! わたしはただ、エリオットくんが痛いって言ってるのに仕事したいって言うから、それを――」


「痛い!? 仕事ぉ!?」


 メリルは半ばまで聞いたところで、天を仰いだ。


「なんてことだ……。すでに開発済みだなんて……! くっ。私がもっと街の治安に目を光らせてさえいれば……!」


 悔しそうに呻いたあと、今度はおれに迫ってきた。


「君もきっと大変だったのだろうが、男の身といえど売春は罪深い行為だ。一緒に来てもらうぞ」


 と強引に手を取られてしまう。


「いや誤解だから。話聞いて」


「もちろん聞くとも、懺悔室でな! いや先にお尻の治療が必要だな!」


「いや頭の中ピンクすぎるでしょ! なんでそっち方向で考えちゃうの!?」


 ツッコミは無視され、クレアともども、おれは連行されるのだった。


 人さらいよりタチが悪いや……。




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次回、メリルの誤解をなんとか解いて解放したエリオットとクレアでしたが、今度はギルドでレイフに絡まれてしまいます。クレアが庇ってくれますが、しかしエリオットは自ら前に出るのです。

『第13話 喧嘩を売られてるのは、おれのほうなんだ』

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