第14話 こんなやつに、おれは負けない

「スライムに勝てるからなんだってんだ? それでオレと勝負できるつもりかよ」


 不機嫌に睨みつけてくるレイフに、おれは毅然と睨み返した。


「そうだよ。相手になってやる。おれが勝ったら、もう二度とおれたちに絡んでこないでくれ」


「ぷっ、ギャハハハ! おいおいおい、聞いたかよ、てめえら! このクソザコ、オレとやる気らしいぜ! お笑いだよなあ!?」


 レイフはギルド全体を見渡すようにしながら笑い声を上げる。


 下品な笑い声だ。品性の無さが滲み出ている。


 レイフとつるんでる冒険者は同調して笑うが、その他の大部分の冒険者たちは顔をこわばらせた。


 おれの敗北を想像して、同情や心配をしてくれているのだろう。実際、ライは声を上げてくれた。


「エリオット! 無謀だ! 不可能だ! お前が――いやこの場でレイフさんに勝てるやつなんていない!」


 その隣できょろきょろとチェルシーが周囲を見渡す。


「こんなときにゲイルさんがいないなんて……」


 善良な冒険者だ。この先、友人になれるだろう。


 でも心配は無用だ。おれは今は彼らを無視した。


「レイフさん。あんまり笑ってると、負けたときに恥ずかしくなるよ」


「ハッ! 上等だ。思い知らせてやるよ」


「訓練所へ行こう。ここで暴れたらみんなの迷惑だ」


 歩き出そうとするが、クレアに手を取られて止められてしまう。


「ダメだよ、エリオットくん」


「平気だよ。任せて、クレア。こんなやつに、おれは負けない」


 心配そうなクレアの手をそっと振りほどき、おれは訓練所へ先導した。レイフは悪態をつきながらついてくる。クレアを始め、他の冒険者たちに、受付嬢までが様子を見についてきてしまう。


 訓練所について早々、レイフは腰の剣を抜いた。


「木剣じゃあつまんねえからな、真剣でいこうぜ」


 一瞬その提案に怯んでしまうが、彼の剣を見て、むしろ好都合だと考え直す。


「……いいだろう」


「良くないです!」


 叫んだのは受付嬢だ。


「これで何度目ですかレイフさん! あなたがこんなことして、引退に追い込まれた冒険者がどれだけいると思っているんです!?」


「そんなのいちいち数えてねえよ! だいたい合意の上の訓練だったんだぜ? 実戦式のな。怪我しても死んじまっても自己責任だろうがよ」


「でも!」


「あーあー、うるせえなァ。じゃあオレのハイポーションを置いといてやるよ。死にさえしなきゃ治せる代物だぜ。ま、取れた腕や足はくっつかねえけどなあ」


「そういう問題じゃ……!」


「だったらこのクソザコに言ってやれよ! 今すぐ土下座して謝りゃ、オレはやめてやってもいいんだぜ?」


 すぐ受付嬢がおれに向き直る。先んじて、おれが口を開く。


「断る。おれは相手になってやると言った」


「だそうだぜ、お呼びじゃねえんだよ」


 おれとレイフに言われて、受付嬢は黙ってしまった。やがて訓練所から立ち去る。


 誰か止められる者を呼びに行ったのだろう。


「オイ、始めるぞクソザコ。あばよ!」


 その叫びとともに、レイフは踏み込んできた。


 試合開始の合図もなく、こちらがまだ短剣を抜いてさえいないのに。


 おれは鞘で受けるが、止めきれずにふっ飛ばされてしまう。


「エリオットくん!」


 クレアが乱入しようとするが、おれは苦痛をこらえつつ手を上げて制する。


「大、丈夫……っ。見てて」


 一方的に攻め立ててくるレイフに対し、おれは回避と防御に専念した。


 レイフの一撃一撃は、直撃すれば致命傷になる、的確に急所を狙ったものばかりだ。本気で、殺しても構わないという勢いだ。


 この猛攻をなんとかしのげているのは、レイフの動きのパターンが頭に入っているからだ。


 何度かゲイルとレイフが稽古しているのを見たことがある。おれの構えからヒントを得たとかで新しい技を開発中のゲイルが、それを試す相手としてレイフを選んだのだった。


 だから次の動作を正確に予測して、ダメージを最小限に留めることができる。


 とはいえさすがに身体能力差が大きく、回避しても肉は裂かれるし、防御しても骨が軋む。致命傷だけは避けているという具合だ。


「ひでえ、エリオットのやつ、もう血まみれじゃねえか」


「だから止めたのに……」


「最弱の割によく耐えてるけど……これじゃ生殺しだ」


「レイフのやつ、いたぶって遊んでるのかよ……」


 観戦中の冒険者たちは、おれの劣勢と見ているようだ。


 実際、まともに戦えばこのまま押し切られる。


 だがおれは、おれの最弱ぶりを、もうよく知っている。


 対し、レイフは自分のことをよく知らないようだ。おれには、隙の生じるタイミングも、根本的な弱点も、すべて見えているというのに。


 おれには、その隙を突けるだけの速度も力もない。弱点を正確に狙う器用さもない。


 でも誘導はできる。


 こちらの呼吸、体の角度、足の運びで、レイフが特定の攻撃を仕掛けやすいようにお膳立てしてやれば、疑いもせずその通りに動くのだ。


 そしてBランクだけあって、力強く、器用だ。おれがその攻撃の軌道上に短剣を置けば、狙った位置に当ててくれるほどに。


 ――キィン!


 と甲高い音が響き、刃が宙を舞った。


 おれは体勢を崩し、尻もちをつく。


 レイフが勝ち誇ったようにニタリと笑む。おれの短剣を弾き飛ばしたと確信したのだろう。間髪入れず、剣の柄を両手で握り直し、大上段から振り下ろす。


 だが空振りだ。狙いは正確だったが、それでおれを傷つけることはできない。


 なぜなら、レイフの剣には刀身がなくなっていたからだ。さきほど弾き飛ばされたのは、おれの短剣じゃない。レイフの剣の刀身だったのだ。


 折ったわけではない。柄に刀身を固定する金具が緩んでいたことを見抜き、そこに何度も衝撃が与えられるよう立ち回った結果、ついに狙い通りに刀身が外れたのだ。


 それこそが、おれが見抜いていた弱点。


 武器の整備不良。


 レイフは刀身がないことに戸惑い、混乱した。だから反応に遅れた。最弱のこのおれが踏み込めるほどに。致命的に。


 おれは短剣を、レイフの首元に添える。


「勝負あった!」


 決着の声を上げたのはゲイルだった。


 その隣には受付嬢がいる。彼女が探してきたのだろう。


「勝ったのはエリオットくんだ!」


 ゲイルの宣言に、観戦していたみんなが大きく歓声を上げた。クレアは無言で駆けてきて、思いっきり抱きしめてきた。


 そしてレイフは、なにが起こったのか未だ理解できず、呆然としていた。




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次回、敗北を認められないレイフは醜く暴れ、言い訳を口にします。ゲイルの言葉さえ聞こうとしない彼に、エリオットは告げるのです。

『第15話 お前は本当に、つまんないやつだな』

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