第11話 このピンチ、どう乗り越えようか?
「へへっ、大人しくて助かるぜ……っと」
人さらいたちは、おれを縛り上げたあとは、大きな麻袋をかぶせてきた。体のほとんどがすっぽりと入ってしまう。土やカビっぽい臭いが充満している。ずいぶん使い古してるな、この袋……。
そのままおれは担ぎ上げられ、どこかへ連れ去られていく。
視覚や聴覚は袋に遮断され、嗅覚もダメになっている。でも方向感覚や、触覚は無事だ。
息苦しい袋の中、おれは体を休めつつ、向かう方向と歩数を記憶していった。
やがて、目的地に着いたらしい。おれは地面に放り出された。袋を外されると、暗く狭い部屋だった。壁は自然の岩でできている。洞窟か。
「2、3日もすりゃあ買い手がつくだろうからよ、それまで大人しくしてるんだな。逃げようなんてするんじゃねえぞ。道に迷って魔物に食われるのがオチさ」
と言い残し、人さらいたちは、粗末な鉄格子の扉を閉めて立ち去っていった。
なるほど。袋をかぶせたのは、そういう理由か。ここがどこか分からなければ、どっちへ逃げればいいのかも分からない。さらに魔物も出るとか言われては、普通なら逃走を諦めるところだろう。
ところがどっこい。おれは諦めない。
ここまでの歩数は、4291歩。おれを担いできた男の歩幅と、向かってきた方向。そしておれが捕まった場所を計算にいれると……。
ホムディスの街から北西にある森林地帯だ。この森の中には、かつてはダンジョンだったが、冒険者たちの活躍で無害化した洞窟がいくつもある。その中のひとつをアジトに使っているのだろう。
「よし、脱出だ」
位置が分かれば帰り道も分かる。さっそく縄抜けを……。
「あの……お兄ちゃん、逃げるの……?」
そのとき奥のほうから声が聞こえた。暗くてよく見えなかったが、おれ以外にもうひとり捕まっていたらしい。
小柄な少女だった。服装を見る限り、教会関係者のようだ。
それでピンとくる。最近、さらわれたという修道見習いの女の子だ。出発前にギルドの掲示板に創作依頼書が貼ってあったのを見た。その似顔絵にも、よく似ている。
「お外は、魔物だらけで危ないって言ってたよ」
「平気だよ。あんなのはハッタリさ」
「でも……」
「いいかい? もし本当に危険なら、ここに来るまであの人さらいたちも魔物に襲われて、戦ったりしてたはずさ。でもそんなことはなかった。君のときも、そうだっただろう?」
「あ……。うん」
根拠は他にもある。
魔物の多くはダンジョンに生息し、そこから地上に這い出してきたものが、人に危害を加える。ほとんどのダンジョンが無害化されたこの森に、そんな魔物がうようよいるとは考えにくい。
もともと地上に生息するスライムのような弱い魔物や、野生動物は出没するだろうが、人さらいが言っていたほどの危険はないと断言できる。
「でもでも、私たち縛られてるし……牢屋だって……」
「それはこれからなんとかするさ」
おれは改めて縄抜けにかかり、あっさりと成功させてみせる。
女の子は目を丸くして驚いていた。
「すごい……どうやったの?」
「縛られるときに仕込んでおいたんだよ」
人さらいがおれの両腕を縛ろうとしたとき、手首は横向きにしておいた。人さらいは特に気にせず縛ったが、これが縄抜けのための仕込みだ。
その状態から手首を縦向き――つまり手のひらが向き合うような形に回転させてやると、わずかだが隙間が生じる。そこから片腕ずつ引っこ抜けば、縄抜けは完成だ。
昔、とある施設に捕縛されたふりをして潜入したことがあって、そのときに覚えたものだ。
その道のプロに縛られてたなら通用しなかっただろうが、素人に毛が生えた程度の人さらい相手ならご覧のとおりだ。
おれは足の縄もほどき、続いて女の子の縄もほどいてあげる。
「おれはエリオット。君は?」
「ミュゼだよ。ありがとうお兄ちゃん」
「オーケー、ミュゼ。君、ヘアピンとか付けてない? できればふたつ。無くてもなんとかするけど、貸してもらえたら助かるな」
「えっと……あ、うん。付けてたよ、ふたつ」
ミュゼは自分の頭に触れて確認し、ヘアピンを外してくれた。
「ありがとう。じゃ、鍵を開けるから。開いたらすぐに逃げよう」
おれはヘアピン2本を鉄格子の鍵穴に突っ込み、ピッキングした。粗末な作りな鍵だ。簡単に開けられた。
「よし、行こう。静かに、足音をたてないようにね?」
「うん」
ミュゼは、声を潜めて返事をしてくれる。素直でかわいい子だ。ゆっくりと手を引いていってあげる。
ミュゼは怯えているのか、とても強くおれの手を握りしめてくる。
実はそれがめちゃくちゃ痛かったりする。たぶん、この子のほうがおれより強いや……。普通のか弱い女の子だろうに……。
それはさておき、さっきさらわれてきたばかり者が、すぐ逃げ出す考えてもいないだろう。人さらいたちは油断しているに違いない。
この足で街まで戻り、すぐギルドにアジトの位置を通報すれば一網打尽にできるはずだ。
実を言えば、おれの狙いは初めからそれだ。
もしあのとき抵抗していても、今のおれの実力では結局捕まることになっていただろう。そのときは、縄抜けの仕込みも出来ず、脱出もままならなかったはずだ。
だからあえて素直に捕まった。それが最善の判断だったのだ。
街まで、今のおれの足ではかなりきつい距離だが、帰れなくもない。武器も荷物も奪われてしまっているのが、逆に身軽になって有利かもしれない。
あとは無事にここを出られるかどうかだ。
だが、慎重に動いていたつもりだったが、より
目の前で、影が動いた。暗闇に紛れていた、黒ずくめの人間だ。
「う……っ?」
見覚えがある。冒険者ギルドで見た出で立ちだ。
暗殺者を彷彿とさせる、黒装束。全身あちこちにナイフを装備した危険な雰囲気。鋭い眼光。
冒険者ギルドに入ったおれをずっと睨みつけていた、あの女だ。
「ミュゼ、走るんだ」
おれは身を翻し、出口へ向かってミュゼを引っ張って走る。すぐミュゼに追い抜かれて、引っ張られる形になるが。
おれの見立てでは、あの黒装束の女はCランクだ。見た目の印象通りに、犯罪に手を染めていたに違いない。ここにいたということは、おそらく人さらいの一味。それもボス格だろう。
そんな実力者が相手では逃げても無駄かもしれない。だが最悪でも、おれが囮になってミュゼを逃がせればいい。あとは通報を受けた冒険者たちが助けてくれる……はず。
「ミュゼ……はぁっ、はっ、ここから出たら南西に……げほっ、向かうんだ。街に着く。そしたら、ギルドに通報を……はぁ、ぐっ」
「お兄ちゃん、しっかり喋って! なに言ってるのかよく分かんないよぉ!」
「んあ!? ガキども!? いつの間に出てきやがった!?」
ミュゼの焦り声が聞こえてしまったのか、目の前に人さらいが躍り出る。
おれは背後も確認する。足音もなく、暗くて見えにくいが、あの黒装束の女も確実に迫ってきているはず。
さあ、どうする? 面白くなってきたぞ。このピンチ、どう乗り越えようか?
不謹慎にもワクワクしてきてしまったおれだったが、次の瞬間、おれは予想外の光景を見た。
黒い影がおれたちを追い越し、道を塞いでいた人さらいの男を薙ぎ倒したのだ。
「な……っ?」
「くくくっ」
黒装束の女だった。男に代わっておれたちの行く手を阻み、邪悪な笑みを浮かべている。
人さらいの一味ではないのか……?
……というか、あれ? なんか聞き覚えのある邪悪な笑い声だな?
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※
次回、果たしてこの邪悪な笑い声の持ち主の正体は? そしてエリオットたちは無事に脱出できるのでしょうか?
『第12話 いいもん。慣れてるもん……』
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