第10話 勝ったぞぉ!
スライム退治に出る前に、おれはギルドに顔を出した。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、という。魔物の知識はすでにあるので、今の自分のことを把握しておいたほうがいい。
「カードの更新ですか?」
「そう、前から少しは鍛えられたし、変化してないかと思って」
おれは冒険者ギルドの受付嬢に、能力値の再測定を頼んでいた。
「いいですけど、あんまり期待しないほうがいいですよ?」
というわけで、測定用の魔導器を使わせてもらったわけだが……。
エリオット・フリーマン 属性:不明
体力 :G 筋力 :G 魔力:G
敏捷性:G 器用さ:G 知力:S
「う~ん、変わらないかぁ」
「それはそうですよ。エリオットくんが頑張ってるのはみんな知ってますけど、能力値なんてそんなすぐ上がるものじゃないです」
「GからFならすぐかと思ったんだ」
「それこそ未知数ですよ。エリオットくんならもう知ってるかもですけど、能力値Gって、扱い的にはSの逆バージョンなんです。Aを超える計測不能の能力値は全部Sで、だから同じSでも人によって大きな差が生まれたりするんですけど……Gは――」
「――Fより下の計測不能の能力値ってことか。つまり、おれは底辺の中でもさらに底辺で、どれだけ鍛えればGを抜け出せるのかも分からない、と」
「残念ながら」
「べつに残念でもないよ。目標達成が簡単すぎてもつまんないしさ」
「あはは……。みんなエリオットくんみたいにポジティブならいいんですけどねー。仕事柄、自分の限界を知って絶望しちゃう人もよく見るので……」
「おれがポジティブなら、それは逆の理由で絶望した人間を知ってるからかな」
「逆って、強すぎて?」
「そう。限界がなさ過ぎて、なんの喜びも感じられなくなっちゃった不幸なやつだよ」
言って、おれはカウンターから離れた。
「ありがとう、受付嬢さん。また更新をお願いしに来るね」
「はーい。いってらっしゃーい」
こうしておれはスライム退治のために、意気揚々と街の外へ向かったのである。
少し探してみると、都合よく一匹だけのスライムを発見できた。
前と似たようなシチュエーションだ。まさか同じスライムではないだろうが、リベンジ相手には持って来いだ。相手になってもらう!
「でやぁああ!」
気合とともに全力を込めれば、短剣が鞘から抜ける。
よし、ならば今度こそ先手必勝!
「とう!」
おれは短剣を両手で握り締め、スライムに飛びかかった。
◇
「はあ、はあ……っ。やった? やったか?」
短剣で核を貫いたスライムは形を維持できずに崩れ、粘土の高い水溜まりに変わる。
その姿に、思わずおれは呟いていた。
これまでは、『やったか?』とか言うと、敵がさらに強い姿になって立ち上がってきてくれたりしたのだが、さすがにスライムにその芸当は無理だったらしい。
いや立ち上がって来られても、今のおれでは対処できないが……。
とにかく、スライムがもう動かないことが確認できてから、おれは脱力してその場に大の字で寝転がった。
「はあ、はあ……! あははっ、げほっげほっ、はあはあ、やった……勝った……っ。勝ったぞぉ!」
右拳を握り締め、天に掲げる。
思い返せば低レベルな激闘だった。互いに弱い攻撃を当てたり、外したり。回避したり、されたわけじゃない。単純にパラメータの『器用さ』が低く、精密な狙いができなかった結果だ。
最強時代の構えを覚えていたところで、身体能力が低いのでは有効活用できるわけもない。
しかし全力は尽くした。まさに互角の勝負。実に充実した時間だった。
そして……この達成感! 己を包んでいた殻を打ち破ったようなこの解放感!
体はあちこち痛いし、呼吸もまだ苦しい。けど、この気持ちの前ではそんなことは気にならない。
新生してから数週間。ついに……ついに最初の目標を攻略したのだ!
街を歩くだけでも一苦労だった初日。剣を鞘から抜くことさえ出来ず、最弱の魔物から敗走した悔しさ。筋肉痛で身動きできず歯噛みする日々。
スライムも倒せないと言われた、この最弱の体。
でも、おれはやってみせた。不可能と言われたことを、努力で覆してやったのだ!
拳を胸元へ下ろし、想いを噛み締めるようにグッと強く握る。
視界が滲み、目尻から涙がこぼれていく。
見てるか、友よ? お前と同じ弱い体でも、これくらいはできたぞ……。
そしてこんなにも嬉しい……!
きっとこれから、また新しい挑戦と努力と達成の喜びがある。おれたちが、違う理由で味わえなかったその人生を、これからおれが味わい尽くしてやるからな……! いつか天国で会えたら、たっぷり自慢してやるよ。
爽やかな風が吹く。それが友からの返事のように感じられて、おれは微笑んだ。
疲労感と満足感のまま、目をつむる。
あまりに心地よくて、ものすごい眠気が……。
……Zzz。
って、いかんいかん。こんなところで眠ったら危険だ。無防備なところを他の魔物に襲われるかも知れないし、宿のおばさんが言ってたような人さらいに見つかったら格好の獲物だ。
と、重い瞼をやっと持ち上げてたところ。
「……おや、起きちゃったねえ」
いかつい男たちが、おれの周囲を取り囲んでいた。
「えっと……もしかして、人さらい?」
おれの問いに、男たちは揃って頷いた。
「その通り。こんなところで寝てるなんて不用心だぜ」
「なかなかカワイイ顔した男の子だ。こりゃあ高く売れるなぁ」
「というわけだ。大人しくしててくれよ。商品に傷はつけたくねえ」
「あー……うん……」
色々考えた結果、おれはあえて素直に両手を出して捕縛されることにした。
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※
次回、人さらいに捕まったエリオットですが、さほど深刻ではありません。彼には狙いがあってあえて捕まったのです。さっそく脱出にかかりますが、しかし予想していなかった相手が現れ……。
『第11話 このピンチ、どう乗り越えようか?』
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