第9話 今日からのおれは一味違うよ!
「これがお前の感じてた世界なのかな……」
おれはベッドに横になりながら、亡き友を想っていた。
冒険者ギルドへ行った翌日から、また筋肉痛で身動きできなくなってしまっている。この体に新生してから一週間近くが経つが、まともに動けたのはそのうちの2日だけで、あとは筋肉痛で寝ているだけだ。
やりたいこと、やらねばならぬことがあるというのに、身動きができない。
これが病弱だった友の感じていた悔しさなのだろうか。
これが毎日続くのだと思ってしまったら、それは様々なことを諦めたくもなる。
でも……鍛えればいずれは克服できることなんだ。おれは負けないぜ。必ず、お前にだってできたはずだと……その先に喜びがあったと証明してやる!
と、亡き友に力強く誓ってみせるが、不安に思うこともなくはない。
実は所持金が、もうろくにないのだ。
この前せっかくギルドで冒険者登録をしたというのに、レイフやらゲイルやらに出会ってしまったがために、うっかり仕事を取ってくるのを忘れてきてしまった。
いや、忘れてなくても、この筋肉痛では仕事どころではなかったか……。
とにかく宿代が払えなくなったら、泊まるところがなくなってしまって困る。
金が尽きる前に、這ってでも仕事をしなければ……。
「うお、お……っ。痛みは味方、痛みは友達、痛みは気持ちいい……! うひひひ……っ」
自分に暗示をかけるように唱えながら、ベッドから這い出てみせる。
さあ、仕事探しに……!
と、部屋を出ようとしたところ。
「こら。エリオットくん、寝てなきゃダメだよ」
たまたま廊下を歩いていたクレアに見つかり、ベッドに戻されてしまった。
「でも仕事しないと宿代が……」
「それならわたしが立て替えておいてあげるから。今は体を治すのが先決」
「そこまでお世話になるわけには……」
「じゃあ動けないように鮮血見せてもらっちゃおうかな。くくくっ」
「!?」
「あっ、やだ。ジョークだよ? 先決と鮮血を掛けたの。そんな変な顔しないでよぅ」
だとしたらジョークセンスがブラック過ぎる。笑い声もなんか邪悪っぽかったし。
「と、とにかく、お世話なんてもう今更だよ。エリオットくん、本当にお世話が焼けるんだもん」
それは、まあその通りではある。
クレアはおれをずっと気にかけてくれていて、食事を運んできてくれたり、体を拭いてくれたりと、優しくしてくれた。すでに散々世話になった後なのだ。
彼女の世話になっていると、やはり友のことを思い出す。
『どんな女の子が好み?』
『おれ、そういうのよくわかんないや。お前は?』
『僕は……あはは、年上かな。世話を焼いてくれる優しいおねーさんみたいな』
『それって、最近来たお手伝いさんのこと?』
『いやそそそそんなことないよ?』
あのときは、そういうおねーさんの魅力はよく分からなかった。
でも今は……あいつと似た状況の今なら分かる。
優しいおねーさんにお世話されるの、なんだかドキドキする……!
実のところ、おれには恋愛経験というものがない。だいたいの相手は、おれの姿を見たり、名前を聞いただけで萎縮してしまっていたし、そうではない相手はおれを利用するために近づいてくるハニートラップだったし。
だから、たぶん少年の体になったのもあるのだろうが、女性に対する免疫が弱く……平たく言うと、クレアが非常に魅力的に見えていたりするのだ。
「……こうしてるとエリオットくん、蜘蛛の巣に引っかかって動けないちょうちょみたいでかわいいね」
「…………」
「あ、これもジョークだよ? 和むかなって思って」
このジョークセンスが無ければなぁ……。いい子なんだけどなぁ。
「あ、あのね、でも本当に気にしなくてもいいんだよ。ここの宿代安いし、わたしだって、これでもしっかり稼げてるから」
「そういえばクレアって、なんの仕事してるの?」
するとクレアは意外そうに目をぱちくりさせた。
「わたしも冒険者だよ。この前、エリオットくんがギルドに来たときはびっくりしたよ」
「あの場にいたのか……。気づかなかった」
「あ、やっぱり気づいてなかった? わたし、隅っこにいたからなぁ」
いや……しかし、おれが気づかなかった?
あの場にいる全員の姿は把握していたと思うのだが……。この体になって感覚が鈍ったのかな……?
「まあとにかく、お金は心配しないで。今はゆっくり休むこと。約束だよ」
諭すように言い残して、クレアは部屋を出ていった。
クレアの申し出は、正直ありがたいことだ。が……。
「……借金しちゃうのか、おれ……」
これも初めての経験だが、あんまり面白い気分にはならないな。
人様に迷惑をかけてしまっているからだ。
こうなってしまったからには、しっかり体を治し、バリバリ働いて返すしかない。
というわけで、2日後に復活したおれは、さっそくギルドで仕事を取ってきた。
街中で完結する荷物運びだとか、街のすぐ外の安全圏での薬草収集だとかだ。
どれも簡単な反面、報酬が安いため不人気な仕事だ。それでも、今のおれの体力では重労働に値する。
宿のおばさんからは『人さらいが出るから早めに帰りなさい』と厳重に言いつけられてしまったので、夜までかかる仕事はしない。
代わりに空いた夕方の時間は、ゲイルに見守られつつ木剣を素振りしたりして過ごす。
そういう1日を過ごすと、翌日はまた筋肉痛で動けなくなる。
数日かけて回復して、また仕事と訓練の日を繰り返す。
そんなゆっくりとした日々の果てに、ついに……ついにこの日がやってきた!
「おはよう、ふたりとも!」
「えっ!?」
「まさか……!?」
その朝、宿の食堂へ姿を現したおれに、クレアもおばさんも衝撃を受けていた。
「大丈夫なの、エリオットくん? だって昨日はお仕事の日だったのに……」
「ふふふっ、そう。今までは仕事やトレーニングの翌日は、筋肉痛で動けなかった。でも、ついにおれは克服したんだ! 動けないほどの痛みはない!」
「あ、筋肉痛ではあるんだ」
「うんまあ、結構痛いんだけど……。それでも、ずいぶん鍛えられたのは事実! 今日からのおれは一味違うよ!」
「そんなこと言って無理しちゃダメよ。なんでも最近、修道見習いの女の子も行方不明になってるって言うんだから。また人さらいのせいだわ。あんたなんか一味違っても、簡単にやられちゃうんだからね」
おばさんに冷静に言われてしまうが、多少の無理をするのが冒険というものだ。そしておれは冒険が仕事の冒険者。うん、問題ない。
「エリオットくん、じゃあ今日もお仕事するの?」
「いやギルドには寄るけど、仕事はしないかな。他にやりたいことがあるんだ」
にやり、と笑う。
この日をどれだけ待ち望んだことか。いよいよ雪辱を果たす日が来たのだ!
再びスライムに挑み、今日こそ勝利してみせる――!
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※
次回、スライム退治に再び挑むエリオット。最弱に新生してからの日々、そのすべてを込めた戦いは、これまでの人生になかった達成感と喜びを運んでくるのです。
『第10話 勝ったぞぉ!』
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