第3話「なんだ、このマル猫」

――数日前。


その日、俺はいつものように一人、部屋で酒をあおり、タバコを吸いながら静かな夜を過ごしていた。何の変哲もない、退屈な時間が流れていると思っていた矢先、台所から音がした。


「……誰だ?」


無意識のうちに声が出て、手にした銃を素早く取り出す。冷静に台所へ向かうが、心の中では警戒心が高まっていった。


音がした場所には、野良猫がいた。

――そう今家に居座っているあのマル猫のことだ。


「……このマル猫め」


目の前で、野良猫のくせに妙に太ったその猫が、俺の晩酌のつまみをたいらげている。


まさか窓を開けてたとはいえ、こんなに簡単に家に侵入されるとは…


そして、何よりも驚いたのはその様子だ。

まるで家の中が自分のものだとでも言うように、堂々としている。


頭の中では怒鳴りたい気持ちが渦巻いていた。せっかく作った料理を、こんな猫に食べられるなんて――。


でも、銃を構えながらも、指が止まる。引き金を引きたいのに引けない、そんな不思議な感覚。


「ったく…飯は許してやる…何処へでも行きな」


なぜか、撃つことができなかった。どうしてだろう? 野良猫の顔を見たとき、ふと自分の姿が重なった気がした。俺も人の手を借りずに生きてきた――今、こうして猫の姿に自分を重ねている。


その夜、結局、銃を下ろして寝ることにした。


――翌朝。

俺は台所に立ち、朝飯を作っていた。

料理は女を亡くしてから始めたものだが、意外と自分に合っていると思った。

飯が出来た頃、仕事依頼の電話が入り、しばらく台所から目を離した。その時――

マル猫が俺の飯をまたたいらげていた。


「てめぇ……

 なんでまだいるんだ。その飯、俺のだぞ」


昨日のことを思い出し、もう一度言ってみた。けれど、マル猫は全く気にする様子もなく、俺の朝食をたいらげていた。


その後も何度言っても、何をしても、この猫は一向に出ていく気配を見せない上に、俺の作った飯をたいらげやがる。

まるでそれが、当然だと思っているようだ。


「……ったく、仕方ない」


俺は諦めた。そして、俺の飯を取られないようにマル猫用のカリカリを用意することにした。

あいつのために、わざわざ。


その時、不思議なことに、猫が家にいるのが嫌じゃない自分に気づいた。


マル猫がいることで、部屋が少しだけ賑やかに感じた。冷たい部屋に変化が起きている気がした。


俺の生活にはなかった“音”がある。 カリカリを噛む音。窓辺でスズメに向かって鳴く声。押し入れでいびきをかくその寝息。


――何なんだ、こいつは。


もう一度、マル猫を見た。


ゴロンと転がって腹を見せるあの姿。


どこまでも無防備で、底抜けに能天気。


「……なんだ、このマル猫」


気づけば俺は、いつものように、ため息をつきながらカリカリを皿に落としていた。


「食えよ、今日のは……チキン風味だ」


背を向けてそう言うと、背後から嬉しそうな「にゃーん」が聞こえる。


そして、俺は気づく。


ほんと、こいつは――


――憎めないヤツだ。




~つづく〜

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