才能の放課後
土蛇 尚
私とあの子
「私辞めるよ!書くの辞めるから。だからここからいなくならないで!」
彼女の叫び声を聞いてこの子の声は映画のヒロインみたいだなと思った。
いつか言われた『いいよ!』の声を思い出す。
頭の中でこれ比喩表現と回想表現だなと余計なことを考える。思考の温度をできるだけ低くする。今彼女の瞳を見てしまったら覚悟が緩いでしまいそうだから。
この子から小説を読むと、そのキャラクターの声がするって聞いた時はショックだった。小さい頃からずっと本ばかり読んできたけれど声はしなかった。17年の人生で一度も。
もし別の子から聞いていたら、ただそういう人もいるんだって思うだけだったかもしれない。でもその時、この子と自分は違うんだって私の中で決まった。
私にはキャラクターの声は聞こえないし、書いててキャラクターが勝手に動いたりもしない。新人賞だって取れない。
「小説なんて書くの辞めるからさ、この部室でお菓子食べておしゃべりしてそれで一緒に帰ろうよ。ねぇそうしようよ」
私は無言でそれはできないと告げる。もう私たちはそんな段階じゃない。新人賞取った小説は出版の準備が進んでるんでしょ。今更ただの文芸部員の女子高生に君は戻れないんだよ。
「クラスに選手選抜から落ちて運動部辞めた子いるでしょ。何でか分かる?」
私は意地悪なことを聞く。彼女の中ではいまここで正解を言えば一緒にいられるかもしれないって思考が駆け巡ってるんだろうって実感する。
まるで彼女の首を手で掴んで絞めてるみたい。
「えっとそれは、これ今と関係あるの?ごめん…待って、部活の負担を前から感じていて落ちたことをきっかけに続けることが出来ないと確信したから?」
「違うよ。友達の方が自分より上手くなったからだよ」
彼女が泣きそうな眼をする。言えないよね。あなたは上手くなった方なんだから。知ってる。ここで一緒に部活をしていた友人との実力差を感じ退部を決めたとか君は言えない。
「なんでこんな酷いことするの……」
「ごめんね」
去年の春。文芸部に入りませんか?と声をかけた時、この子だけが
「いいよ!」
そう言ってくれた。
ごめんなさい。さようなら。きっと部活で会わなくなっても廊下ですれ違う。でもこれは私たちにとって世界の終わり。
おしまい。
才能の放課後 土蛇 尚 @tutihebi_nao
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