皆のための花壇(短編)
桶底
ボランティア精神の敗北
校舎の前には、誰からも見向きされなくなった荒れ果てた花壇がありました。
それを見た少女は、「ここを花でいっぱいにしよう」と思い立ちました。雑草を抜き、肥料をまいて、土を耕す。時間をかけてようやく整え、あとはどんな花を植えようかと考えて、その日は種を脇に置いて帰りました。
翌朝、少女が登校すると、花壇の前に人だかりができていました。
「すばらしい行いだよ。放置された花壇に種をまくなんて、感動した」
「へへん、オレってえらいだろ?」
なんと、ひとりの少年がその種をばらまいていたのを先生が目撃し、彼を称賛していたのです。
少女が花壇を確認すると、種は適当にばらまかれ、土にも埋まっていませんでした。
「これじゃ育つものも育たないわ」
しかし少年は怒ります。
「なに言ってんだ。オレが一生懸命やったってのに!」
「手をかけたのは私よ! あなたはただ種を投げただけじゃない!」
「ウソつけ! この花壇は最初からオレが気にかけてた!」
口論になると、先生があわてて止めに入りました。
「まあまあ……でも種をまいてたのは確かに彼だったよ。私は見ていたからね」
「そうだそうだ。オレはえらいんだ。じゃあ、これからの水やりはお前がやれよな?」
そう言い放つ少年に、少女は怒りを覚えながらも、水やりを引き受けました。彼女以外に、毎日花の世話をできる人はいなかったからです。
誰にも気づかれぬまま、彼女は丁寧に花壇の世話を続けました。褒められなくても、それでいい。きれいな花が咲けば、それで十分。
そしてある日、ついに花が咲き始めました。学校に着いた彼女が見たのは、またもや人だかり。そして、またしても称えられる少年の姿でした。
「すごいよ、キミは。あのとき種をまいたから、こんなにきれいな花が咲いたんだ」
「へへへ、な? 毎日世話もしてやったしな!」
誰もが、彼の言葉を信じました。過程を見ていなかったからです。
「この花をひとつ摘んで、校長先生に届けよう。きっと褒美が出るよ」
そう先生が言うと、少年は笑顔で花を引きちぎりました。その瞬間、少女の怒りは限界に達しました。
「なんであなただけが褒められるのよ! 最初に土を耕したのは私よ! みんな、花が咲くまでは無関心だったくせに、咲いた途端に賞賛だなんて、あまりに軽薄じゃない!」
少年は言い返しました。
「みんな聞いたか? この子は、褒められないと気が済まないんだって。オレの花を踏みにじって、自分だけが正しいって顔してる!」
「だったら……こんな花、いらない!」
少女は怒りのままに花壇を踏み荒らしました。そしてその後、誰ひとりとして花壇を直そうとはしませんでした。人々は、ただ少女を「わがままで自己中心的な悪者」として語るだけでした。
それからしばらくして、花壇を整える者が現れました。それは校長先生でした。
彼は、皆が自発的にこの場所を花で満たしてくれることを願っていました。しかしそれが叶わぬ理想だと知った今、彼は決断します。
翌朝、集まった教職員にこう告げました。
「私はこれまで、全体の幸福を願っていました。しかし、それは幻想でした。これからは、花壇を区画に分け、生徒それぞれに担当させます。与えられた範囲内で育てる。努力した者だけが花を咲かせる。これが新しい方針です」
そして、こうも付け加えました。
「他人の区画に干渉した者は厳重に罰してください。それが秩序というものです」
しかし、その言葉を誰も最後まで聞いてはいませんでした。教師たちはすでに、どの区画が日当たりがいいか、水道に近いかをめぐって、激しい口論を始めていたのです。
それを見た校長は、静かに、深くため息をつきました。その表情は、かつて花壇の世話をしていた、あの少女のものと、よく似ていました。
皆のための花壇(短編) 桶底 @okenozoko
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