第28話:セミファイナル A組「REJECT CODE」
全国ティーンズバンドフェス、決勝トーナメント当日。
A組――舞依たち「REJECT CODE」がついに舞台に立つ時が迫っていた。
控室の時計が、開演30分前を告げる。
控室の空気は張りつめていた。
だが、それは“緊張”というよりも、“集中”。
目を閉じて深呼吸を繰り返す舞依を中心に、REJECT CODEのメンバーたちは、それぞれのルーティンで心を整えていた。
舞依は鏡の前で、静かに深呼吸を繰り返していた。
まだ誰にも話していないが、今日演奏するのは、これまで温め続けてきた新曲――バラード『月の夜曲(ムーンライトセレナーデ)』。
REJECT CODEがここまで演奏してきたのは、鋭く、挑発的なメッセージソング『Cry for Freedom 2025』だった。
『Cry for Freedom 2025』
【サビ抜粋】
あるがままの私を見て 隠すものなど何もない
誰かのレールじゃ走れない 私は誰のものでもない
……この歌が私のすべて 私の夢を刻む音
震える指 こぼれそうな言葉
それでも私は歌うよ
明日 未来を手にするために
この声で扉を開く(With this voice, I break through)
この曲で予選を突破し、彼女たちは“闘う音楽”を示してきた。
だが、今日歌うのは“届ける音楽”。
『月の夜曲』――それは、舞依がメンバーたちと積み重ねてきた絆と、心の奥にある静かな熱を音に変えた歌だった。
舞依のマイクを握る手は冷たく、しかしその瞳は静かに燃えている。
「……このステージで、“あの曲”を届ける」
彼女にとって、仲間と作り上げた『月の夜曲』は、自分たちの“絆そのもの”だった。
穂奈美は、ギターの弦をなぞりながら、小さく唇を動かす。
「舞依の声に、私の音がちゃんと届くように……」
子どもの頃、父とブルースを弾いていた日々が、今に繋がっていることを感じていた。
香澄は、肩の力を抜きながらも、ベースを丁寧にチューニングしていた。
「“響き”で支えるのが、私の役目」
母と交わしたセッションの記憶が、今も音の芯に息づいている。
彩はスティックを回す手は軽やかだが、その目は真剣そのもの。
「私が“鼓動”を止めたら、この音楽は生きない」
リズムの重みを知っているからこそ、彼女は最前線で音を動かす。
萌絵は鍵盤にそっと指を置き、静かに目を閉じる。
「“和音”の重なりが、この物語を支える」
クラシックで育まれた旋律の美しさが、REJECT CODEの世界を広げていた。
その姿は、戦いを前にした“戦士”ではなかった。
むしろ、音楽で語る“詩人”たちだった。
絆を信じ、音に祈りを込め、ステージへと向かっていく。
その先にあるのは――光か、闇か。
だが、彼女たちの心に迷いはない。
今夜、『月の夜曲』が、月明かりのように静かに、しかし確かに観客の心を照らすことを信じていた。
一方、その頃――
対戦相手のVELVET CROWNは、控室で最終リハーサルを行っていた。
「東京の一年生のバンドがどんだけ話題なっとってもな……うちらの“舞台”、そんじょそこらに真似できるもんちゃうで」
秋人のその言葉に、凛が唇の端をわずかに上げて応じる。
「なあ秋人。“演じる音”っちゅうもん、見せつけたんで!」
VELVET CROWN――舞台芸術を音楽で表現する、大阪が誇る五人組。
そのプライドと誇りを胸に、彼らもまた静かにステージに挑もうとしていた。
──「静」と「演出」、
「想い」と「表現」が交差するセミファイナル。
まもなく、REJECT CODEの“静かな魂”が、会場を包み込む。
ステージ開始まで、残り10分。
舞依が小さく声を発した。
「――行こう、“わたしたちの音”で、VELVET CROWNの幻想を貫く」
メンバー全員が、頷いた。
控え室の扉を開けたその瞬間、「REJECT CODE」の5人は、それぞれの“信じる音”を抱いてステージへと歩み出す。
スポットライトを浴びるその刹那、舞依の表情に浮かんでいたのは、静かな決意
だった。
目を細め、息を整える。声を出す前からすでに、“物語”は始まっていた。
──これは、証明だ。音で生きてきた自分たちを、ここに刻むための。
穂奈美は、明るいようで、どこか緊張が滲んでいる。
けれど、その手には力がこもっていた。拳を握りしめ、何かを振り払うように
深呼吸。
「よしっ!」
と小さく呟く声が、全身を勇気で満たしていた。
その目はすでに、観客の笑顔を見据えていた。
香澄は、ベースを肩にかけ、ステージの定位置へと歩み出る。
凛と背筋を伸ばし、アンプの前に立つその姿は、静かな緊張感に包まれていた。
胸の奥では不安が揺れていても、表情には一切出さない。
眉間にほんの少し力が入ったその顔は、“覚悟”という名の静けさを湛えていた。
指先がネックに触れるたび、彼女の決意が音になる準備を始めていた。
彩は、他のメンバーよりも少し後ろに立ち、ステージの天井を見上げる。
客席ではなく、もっと先の何かを見ているような目だった。
唇をかすかに噛みながら、それでも「絶対に届かせてみせる」と、心に誓っていた。
萌絵は、静かにキーボードの位置を確認し、指先を鍵盤に預ける。
まるで楽器と“会話”しているような、その柔らかな表情には一点の曇りもなかった。
「私たちの音は、ここに在る」――そう確かめるように、目を閉じてから再び開く。
五人それぞれの“音の顔”が揃ったとき、ステージ上にひとつの鼓動が生まれた。
客席の空気が、変わった。それは気のせいではない。
ステージの照明がわずかに落ちるだけで、観客たちの呼吸さえも浅く静かになる。
まるで誰かが「ここからは声を出してはいけない」と心にそっと触れたようだった。
キーボードの萌絵が、最初の一音を響かせた。
──その音は、音楽というより月光のしずくだった。
粒のような音が空気の表面を撫で、ゆっくりとホール全体に広がっていく。
観客の目が自然と引き込まれ、誰も言葉を発さないまま“聴く姿勢”に変わる。
最前列にいた中年の審査員が、眉をひそめるでもなく、目を閉じるでもなく、
ただ“聴いていた”。
横顔には、ほんのわずかな表情のゆらぎ。──驚きと、静かな共鳴。
「……ええ声やな」
誰にも聞こえぬようなつぶやきが、袖のモニター越しに小さく拾われていた。
客席中程、腕を組んでいた高校生バンドマンの男の子は、目を見開いたまま固まっていた。
「……REJECT CODEって、こんな曲もやるん?」
驚きというよりは、認識が更新される音だった。
そして、袖では──
VELVET CROWNの凛が、組んでいた腕を少しほどき、手の甲に視線を落とす。
秋人は、髪の奥に隠れていた目をゆっくりと観客席へと向け、ぽつりと呟いた。
「……“静けさ”でぶつけてきたか。ええ勝負やん」
その声に、真白はほんのわずかに笑みを浮かべ、
「光、あっちから差してくる感じやな」
と小さく返した。その言葉には、“異なる美学”への敬意と、それに心を動かされた静かな実感が宿っていた。
『月の夜曲(ムーンライトセレナーデ)』
月の光に包まれながら
君の声を思い出している
夜風がそっと頬を撫でるたび
心の中で名前を呼ぶ
見つめ合うたびに胸が震える
触れた指先に星が灯る
どんな未来でも どんな時も
君と共にありたい
夜空に輝く願いのように
君への想いは消えないまま
離れていても感じてるよ
この心に満ちるメロディ
月の夜に奏でるセレナーデ
そっと君へ届くように
変わらぬ愛を抱きしめながら
今も君を想っている
静かな夜に浮かぶ記憶
君の声がまだ揺れている
月の光に問いかけても
答えはどこにもなくて
抱きしめられた温もりが
まだ肌に残るのに
どうして手を離してしまったの
どうして愛せなかったの
月の夜に歌うメロディー
届かない想いが溢れる
この痛みさえ美しく
今も君を呼んでる
月の夜風に消えていく
私の小さな祈り
君の記憶を抱いたまま
夜の静寂に溶けてゆく
──静寂が、降りた。
最後の和音が消え入った瞬間、ホール全体が“音の余韻”に包まれた。
観客は誰一人としてすぐには動けなかった。
拍手のタイミングさえも奪われるほどの“静けさ”。それは、REJECT CODEが描いた音の物語が、まだ客席一人ひとりの中で呼吸していたからだった。
数秒の間を置いて、どこかの席から小さく「すごい……」という囁きがこぼれる。
その瞬間、波紋のように拍手が広がった。
はじめは静かに、次第に強く、確かに、心からの敬意を刻む音だった。
袖でその拍手を聞いた舞依たちは、誰も声を出さなかった。
ただ、ひとつの呼吸のように顔を見合わせ、そしてゆっくりと、自然な笑みを
交わす。
──これは勝利でも敗北でもない。
これは、“届いた”という実感。
楽屋への戻り道、誰からともなく手が伸び、全員の指先が触れ合った。
言葉はなくてよかった。
『月の夜曲』が語ってくれたから。あの音が、すべてを伝えてくれたから。
そのとき──
ステージ袖の暗がり、VELVET CROWNの秋人が、少しだけ唇を噛みしめていた。
隣の凛は手を組んだまま小さく目を伏せ、真白はタブレットの照明シミュレーションをそっと閉じていた。
翼の指先がコンガの淵を一度だけ叩く。
「……なあケイ」
「“間”でやられたな」
ケイは頷き、ぽつりと。
「うちらも、“表現者”として応えなあかんな」
舞台は、まだ終わっていない。
けれど、ひとつの夜の楽章が、心に刻まれたのだった。
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