第16話:変われるの?
梅雨の空と、私の気持ち
6月の雨は静かに降り続いていた。
水たまりに落ちた雨粒が弾けて、消えた。
どこか、私の気持ちと似ていた。
私は、小さい頃は歌が好きだった。
家族の前で歌えば、父は「琴音はすごいな!」と豪快に笑い、母は「とても綺麗な声ね」と穏やかに微笑んでくれた。
それが、私の幸せだった。
でも、中学では違った。
軽音部に入ったはずなのに、舞依の圧倒的な歌声の前で、私はただの影になった。
「舞依のバックアップを頼む」
顧問の言葉に、私はただうなずくしかなかった。
私は歌えたはずなのに。
でも、「地味だから」私は主役になれなかった。
それ以来、歌うことが怖くなり、軽音部をやめた。
家にこもり、何もする気が起きなくなった。
家族の反応
父——体育会系の豪快な男
「琴音!そんな暗い顔してる場合じゃないぞ!」
「気にするな!人生なんとかなるもんだ!」
父はガハハッと笑いながら肩を叩く。
…でも、その言葉は軽すぎた。
「もっとガツンといけ!悩むくらいなら、歌ってこい!」
父の言葉はエネルギッシュで、前向きで――だけど、今の私には響かない。
母——和服の似合う古風な女性
「琴音、無理に答えを出さなくてもいいのよ」
母は、いつも落ち着いていた。
静かに湯飲みを置き、すっと背筋を伸ばしながら言う。
「雨の日は、ゆっくりするものよ。心が焦ると、何も見えなくなるわ」
母の言葉は優しく、染み込むようだった。
でも、それでも私は動き出せなかった。
姉は、私の知らないところでスマホを開いていた。
「琴音、ちょっと加工してみるか」
姉は、写真アプリを操作しながら髪色を微調整し、少しだけ光を加えた。
そして、深く考えることもなく、SNSにアップした。
時間が経ち、スマホの通知が鳴り続ける。
「え、やばくない?」
「ちょっと待って、もう1万件近いんだけど…」
姉が驚きながらスマホを持ってきた。
画面には、コメントが溢れていた。
「この子、めっちゃ可愛い!」
「こんな雰囲気の子、憧れる!」
私はただ、画面を見つめた。
そこに映っているのは――私だった。
でも、私じゃないみたいな私だった。
「…なにこれ…?」
姉は穏やかに微笑む。
「…アンタ、変われるわよ。」
雨音が響くなか、その言葉が胸の奥を揺らした。
「よし、琴音改造計画、今ここに始動よ!」
姉は大学1年生。
父の豪快さと、母の品格を絶妙にブレンドした“清楚系小悪魔”。
その笑顔はあくまで柔らかく、仕草も優雅。けれど――その奥に潜む計算高さは侮れない。
姉は、人の心の機微を瞬時に読み取る天性のセンスを持ち、
その「計算された無防備さ」で、自然と人の心を引き込んでしまう。
「琴音、アンタはさ、可愛いし、母さん寄りで静かで優しい。
でも、それじゃ印象に残らないのよ。
大事なのは、“清楚の中に潜むあざとさ”。わかる?」
私は、母のように静かで落ち着いた女性に憧れていた。
物腰が柔らかく、丁寧で、誰にも優しくできる人。
けれど、姉は首をかしげて“惜しい”と呟いた。
「いい?“ただ可愛い”じゃ、数に埋もれるの。
本当に目を引く子はね――“ギャップ”を操ってるの。
琴音には、ガーリーな雰囲気がある。
そこにほんの少し、小悪魔エッセンスを加えるの。
甘さの中に、スパイスを一滴。
それが、“無敵の個性”になるのよ。」
姉の言葉はまるでスタイリストの魔法のように、
私の中の眠っていた何かを、そっと目覚めさせていく。
ガーリー×小悪魔の融合
「琴音にはガーリーが似合う。でも、それに‘計算された可愛さ’を加えるの」
姉はクローゼットを開けて服を選び始める。
フリルのブラウス、レースの袖のワンピース、くすみピンクのスカート。
「清楚すぎるのはダメ。だけど、派手すぎてもNG。‘自然な隙’を作ることが大事」
私は困惑する。
「…本当に似合う?」
「着てみればわかる!」
鏡に映る私――少しずつ変わり始めている。
「ねぇ、こういうのもアリじゃない?」
姉はスマホを掲げ、小悪魔系のポーズを真似するよう促す。
「口元をほんの少し緩める、目線は上目遣いに、そう。そして少しだけそらす!」
私はぎこちなく試しながら、鏡の中の自分を見る。
「…これ、私?」
「そうよ、これが高校デビューの琴音なの」
姉は微笑んだ。
ガーリー×清楚×小悪魔のレッスン
「まずは、仕草よ」
姉は、ゆったりと微笑みながら髪を整える。
「動きをゆっくりして、目線を落として、計算された隙を作るの。」
私は鏡越しに姉を見つめる。
一つ一つの動作が洗練されていて、品があるのにどこか誘うような余裕がある。
「ほら、琴音もやってみて」
「え、こう?」
ぎこちなく試してみるが、どうもしっくりこない。
姉のように静かに誘う仕草が、私にはなぜか合わない気がする。
姉は首をかしげる。
「うーん、アンタ、なんか違うのよね…」
私はふと、思い出す。
「琴音!気にするな!」
父の豪快な声が脳裏に響く。
いつも能天気に笑い飛ばしていた父。
悩んでいる私を、強引にでも明るく引っ張っていく父。
そういえば、私は小さい頃から父に
「もっと堂々としていいんだ!」
と言われ続けていた。
その瞬間、私の中で何かが変わった。
私は、姉のように計算して動くタイプではない。
むしろ――もっと自由に動いたほうがしっくりくるのでは?
私は、クスッと笑う。
「ねえ姉ちゃん、私ってさ…こういうのじゃなくて、もっと‘陽キャ’寄りにしたほうがよくない?」
姉が目を丸くする。
「え、陽キャ寄り?」
「ほら、もっと明るく、小悪魔でも‘楽しい’感じで」
姉は口元を押さえ、呟く。
「琴音…。アンタ、もしかして、父さんの遺伝子、覚醒してる?」
姉の指導方針が、ガラリと変わった。
「いい? これからは、清楚な“ガーリー系小悪魔”じゃなくて――
ノリと勢いの“陽キャ系小悪魔”でいくわよ!」
その瞬間、私の心がふわっと軽くなった。
私は鏡の前に立ち、軽く前髪を整える。
そして――ほんの少し口元を緩め、無邪気な笑顔を浮かべてみた。
たったそれだけなのに、鏡の中の自分がぐんと輝いている気がした。
「いいじゃん、琴音!それよ、自然体の明るさ!」
姉が笑顔で拍手を送る。
「ほら、ちょっといたずらっぽく、でも憎めない感じ!
“親しみやすい小悪魔”って最強なのよ!」
私は、照れ隠し半分で、上目遣いで姉の服の裾をくいっと引っ張ってみる。
「えっ!?」
姉が、目を丸くして振り向いた。
「そうそう!今の!
その“つい甘えちゃう感じ”、完全に掴んでる!」
「え、今の?」
私は、姉に乗せられ、心が解放されていくような気がした。
姉の改造計画が進むにつれ、私は少しずつ変わっていった。
改造計画が立ち上がった時の姉の一言。
「琴音、アンタはさ、可愛いし、母さん寄りで静かで優しい。
でも、それじゃ印象に残らないのよ。」
母のような落ち着いた振る舞いが、自分には自然だと思っていた。
でも――それだけではダメだった。
SNSがバズったことで気づいた。
「変われば、世界が変わるかもしれない」
そして――改造計画は、ついに最終段階へと突入した。
「さあ、琴音。ラストタッチよ。」
姉が満足げに微笑みながら、私の前に鏡をそっと置く。
髪型は、ふんわりと揺れるボブスタイル。
染めたばかりのアッシュベージュが、窓から差し込む柔らかな光に溶け込み、髪先にささやくような透明感を与えている。
メイクは、あくまでもナチュラル。
肌の透明感を引き出しつつ、
目元にはほんのりとしたピンクブラウンのグラデーション。
唇には自然な血色を感じさせるティント。
それだけなのに、顔全体がぱっと華やぐ。
服装も、ただの「かわいい」では終わらない。
ゆるめのオフショルダートップスから覗く鎖骨に、
計算された“抜け感”が生まれ、
キュートなミニスカートは歩くたびに揺れて、
明るく弾けるような雰囲気を醸し出す。
カジュアルなアクセサリーが、軽やかにリズムを加えてくれる。
鏡の中にいるのは、確かに私。
だけど――昨日までの私じゃない。
そして、本当に変わったのは外見なんかじゃない。
いちばん変わったのは、胸の奥で灯った小さな火。
人と比べるためじゃなく、“私自身を楽しむために”笑いたいと思えた心だった。
―――春の暖か春の暖かな日差しが、開け放たれた教室の窓から差し込んでいた。
新しい制服にまだ慣れないまま、舞依は自分の席に着き、クラスメイトたちの会話しているをぼんやりと眺めていた。
そこかしこで「中学どこ?」「部活なにやる?」と声が飛び交い、笑い声が混ざる。
「やっほ〜、舞依♡」
突如、背後から聞こえた軽やかな声に、舞依はふっと肩をすくめた。
振り返ると、そこには明るい笑顔を浮かべた女子が立っていた。
ベージュブラウンの髪、
ふんわりとしたミニマムボブ、
小悪魔みたいなウインク。
ウインクの後、一瞬だけ唇の端を持ち上げた陽キャっぽい軽いノリ。
「……琴音?」
舞依の声には、わずかに驚きが滲んでいた。―――
私は、満開の桜のような笑顔を見せる。
「高校デビュー、成功でしょ?」
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