第15話:舞い上がる旗と響く旋律(後編)

数日後の放課後、教室には微かに夕陽が差し込んでいた。

机の上には開かれたノートとペン、そして何枚ものメモが散らばっている。


琴音はペンをくるくると回しながら、小さく唸った。

「体育祭って、仲間と走ることだけじゃなくて、旗を掲げたり、応援したり、色んな形で熱くなれる場所よね。」


舞依はペンの先をノートの隅で軽く弾きながら、窓の外へ視線を投げる。クラス全員が熱狂し、一瞬でも心がひとつになる場面を思い描いていた。

「そうよね…。みんなが一体になれるような言葉がほしいわ。」


琴音は目を輝かせながら、椅子の背もたれに軽くもたれ、テンポよく指を机の縁で打つ。

「キャッチーなフレーズがほしいね♡ みんなでひとつになる感じを出したい!」

その瞬間、琴音の指がピタッと止まり、舞依と目が合う。

「One Flag, One Soul」

静かに呟いたその言葉に、一瞬の間が生まれる。


旗はただのシンボルじゃない——それは、皆の鼓動をひとつにする象徴。


歌はただの応援じゃない——それは、体育祭の熱をさらに燃え上がらせる力。


「……それよ、琴音。」

舞依の声は、何かが確信に変わったように響く。


琴音はにこっと笑い、ペンを握り直した。

「決まり♡ これを中心に歌詞を作ろう!」


窓の外では、夕陽がゆっくりと沈みかけていた。新しい体育祭の鼓動が、二人の心の中で鳴り始めている——。


作詞が完成すると、舞依は「REJECT CODE」のメンバーに楽曲制作を依頼した。


「リズムはちょっと疾走感のある感じがいいかな。」

ギター担当の穂奈美がアンプから鳴るコードを軽快に刻み、空気に熱を帯びさせる。


「サビの部分は全員で声を合わせられるようなメロディにしましょう。」

キーボードの萌絵が試しにフレーズを弾く。伸びやかな旋律が静かなスタジオに響き、少しずつ形を成していく。


「この部分にドラムのブレイクを入れて、一気に盛り上げるのはどう?」

彩がスティックを回しながら、リズムの切り替えを試す。

バスドラムの深い響きがフロアに伝わり、ビートが全員の心にフィットする瞬間が生まれた。


「ベースはどうする?疾走感を出すならルートを強めに踏むけど、もう少しグルーヴを入れてもいいかも。」

香澄がベースのネックを軽く叩きながら、弦を鳴らす。彼女の低く安定した音がフロアに響き、楽曲の骨格をしっかりと支えていく。


「そうね、ドラムのブレイクが入るところで、少し躍動感をつけるといいかもしれない。」

舞依が楽譜を見つめながら提案すると、香澄は軽く頷き、低音を強調したグルーヴ感のあるリフを試す。

「これだね。疾走感は残しつつ、土台はしっかり作る。」


試行錯誤しながら、楽曲は徐々に輪郭を持ち始める。

そして、録音スタジオでメンバーが集まり、本格的なレコーディングが始まる。


レッドのライトが灯るブース内。

マイクスタンドの前で舞依がヘッドフォンを耳に当て、深く息を吸い込んだ。


「One Flag, One Soul」

その一声が鳴り響いた瞬間、音楽が生き始める。


琴音はその様子を見守りながら、胸の高鳴りを抑えきれず、思わず小さく呟く。

「やばい…カッコよすぎる♡」


香澄はベースを軽く弾きながら、にやりと笑う。

「これ、絶対いい曲になる。私たち、最高のグルーヴを刻むよ。」


そして、音楽は加速していく——。


体育祭本番。生徒の入場行進が終わり、競技が始まった。

風が吹き抜けるグラウンドに、鼓動が重なる。


砂煙を巻き上げ、走者の足音が弾ける。バトンは確かに繋がれ、仲間の声が背を押す。


騎馬戦の最後の攻防、帽子を奪うための手が伸び、空中で交錯する。

グラウンドに響く叫び、土煙が舞う。


綱を握るその手に全ての力を込める。踏みしめた土が、全員の体温を記憶する。


競技の熱気が最高潮に達する中、応援合戦の時間が訪れた。

各クラスの旗が風に舞い、歓声が上がる。


しかし、舞依たちのクラスの旗が掲げられた瞬間、空気が変わった。


「な、なんだあの旗…!?すごい迫力…!」


そのデザインは、まるでアニメの主人公が必殺技を繰り出す瞬間を切り取ったかのようだった。

赤と青の炎が疾風のように広がり、筆の軌跡がまるで戦場の軌道を描くかのように動きのある構図になっていた。


隣のクラスの生徒たちが息をのむ。

「あれ、誰が作ったんだ?めちゃくちゃ映えるじゃん!」

「てか、あのクラス…こんなに一体感あったっけ?」


陽キャたちは誇らしげに旗を掲げ、陰キャたちがその下で笑う。

その瞬間、クラスの枠を超えた視線が集まっていた。

さらに、舞依と琴音が制作した応援歌が流れる。

リズムが刻まれ、クラス全員が声を合わせる――。


応援歌「One Flag, One Soul」

(軽快なロック調の曲)

[Verse 1]

夕陽の風が旗を揺らす

響き渡る声 重なる鼓動

この瞬間 ためらいは捨てて

みんなで走れ 限界越えて

[Pre-Chorus]

勝ち負けじゃないんだろ?

一緒に笑い合えたら

それだけで最高さ

[Chorus]

One Flag, One Soul

燃え上がれ 青と赤の炎

どこにいたって ひとつになれる

響け この声 風をつかんで

[Verse 2]

汗の雫が誇りに変わる

つないだ手が 強さになる

共に叫ぶ このフィールドで

羽ばたけ僕らの魂(ソウル)

[Outro]

One Flag, One Soul

この瞬間を駆け抜けろ

風に乗って、今ここで

僕らはひとつさ


会場が一瞬静まり返る。

そして——ざわめきが湧き上がる。

「なにこれ…?めちゃくちゃいい曲じゃん…!」

「このノリ、すごすぎる。なんか…手拍子したくなる!」


音楽が響く。

軽快なリズムが走り出し、力強いメロディが体育祭のフィールドへ解き放たれる。


「One Flag, One Soul!」


疾走感のあるビートが鼓動のように全員の胸に響き渡り、自然とリズムに乗る者が増えていく。

手拍子が、一つ、また一つと広がり、やがて体育祭全体を包み込む波となった。


「この体育祭、こんな盛り上がり今までなかっただろ?」

先生たちも驚き、視線を交わしながら様子を見守る。

体育祭の空気が、これまでのどの年よりも熱く燃え上がっていた。


旗が風に煽られ、大きく翻る。赤と青の炎が、風に舞い、歌声と共鳴する。

サビに入ると、生徒たちの声が自然と重なり、歌詞を知らなくても口ずさむ者が増えていく。

そして、この瞬間、全員がひとつになった。


「すごい!めっちゃカッコいい!」

誰かが叫んだその声が引き金となり、歓声が広がる。


「俺たちのクラス、最強じゃね?」

旗が大きく翻り、夕陽を浴びたその色が炎のように輝いた。

陽キャの生徒たちが誇らしげに旗を掲げる。その下では、陰キャの生徒たちが笑顔を交わしながら、互いに肩を叩き合っていた。

「やばい、これ、最高すぎるって!」


音楽が鳴り響く。 体育祭のフィールド全体がこの瞬間に熱を帯び、

リズムに乗った手拍子が次々と波のように広がる。

陽キャも陰キャも関係ない。勝ち負けも関係ない。

ただこの瞬間、全員の心がひとつになった。


体育祭の終わり、空はゆっくりと朱に染まっていた。

舞依はそっと旗の端を折りながら、目を細める。

フィールドに残る足跡、手拍子の余韻、そして響き渡った歌声——

すべてがまだ、空気の中に溶けていた。


「今日の体育祭で、初めてクラスがあの旗の下でひとつになれた気がする。」

旗の生地を指先でなぞりながら、静かに言葉を紡ぐ。


「勝敗より、それが何よりの収穫ね。」

琴音が隣でウインクしながら、旗を軽くつつく。

「委員長、クラスちゃんとまとまったね♡ 次のイベントも盛り上げてこー♡ 文化祭でも旗作っちゃう?」


舞依はふっと笑みをこぼし、夕空へ視線を投げる。

朱色の空の向こうには、ぽつりと一番星が瞬いていた。


この体育祭の熱はまだ消えていない。

新しい物語の幕が、静かに開こうとしていた——。


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