Hello Me

 嵐が吹き荒び、地面も崩落していく終末の世界で、二式哲が突然現れたドアから顔を出し手招きをしていた。

「哲?」

 わたしは戸惑いながら幼馴染の彼の名を呼んだ。

「早く」

 哲が急かす。

「あ、ごめん。わたし早くって言われるとゆっくりしたくなる質なんだよね」

「ここであまのじゃくなところ出さないでください!」

 わたしは瑠衣に手を引っ張られ、哲が出てきたドアを通過した。

 進んだ先は、これまでに何度か見てきたただ白いだけの空間だった。

 体に付着した黒い雨が消えている。

 危ないところだった。もしあの巨大な竜巻に巻き込まれていたら、わたしたちの意識も散り散りになっていたかもしれない。

「もしかして、助けにきてくれたの?」

 わたしが尋ねると、哲は一度無表情のままわたしのほうを向いて、それから向こうを向いた。

「こっち」

 そう言って歩き出す。

「こら、無視すんな」

 昔から無口で何考えているかよくわからない奴。だけど悪い奴じゃない。きっと瑠衣と同じように、わたしに手を差し伸べにきたのだ。

 三人で白い空間を歩いていく。

 哲が先頭を歩いて、わたしと瑠衣はその後ろを並んで歩いた。

 おそらくこの仮想空間の出口に向かっているのだ。

「未来さんは、目が覚めたらまず何をしたいですか?」

 瑠衣が訊いてきた。

「そうねえ。疲れたから、まずは寝ようかな」

「もう寝るのはいいでしょう!」

「寝る子は育つって言うじゃん」

「まだ子供のつもりなんですか」

「でも」

 わたしは今自分が感じていることをそのまま口にした。

「こうやって三人でとくにあてもなく歩いてみるのもいいかもね」

 哲がちらっとこちらを振り返った。

 わたしはとびっきりの変顔をした。

 哲はまた前を向いた。

 隣の瑠衣は笑っていた。

 前方に明るい場所が見えてきた。きっとそこが出口だ。

 わたしはだいぶ眠っていたみたいだから、そのぶんの青春を取り戻さなくちゃ。

 いずれ人が肉体を捨て精神をデジタル化し、永久に生きる時代が来るかもしれない。

 だけどわたしは、「今」しかできない青春を享受するんだ。

 楽しんで、楽しんで。

 輝かしい時間を記憶に刻む。

 そしてこの世界に生まれ落ちたことに感謝する。

 いずれ社会の壁にぶち当たることがあるかもしれない。でも大丈夫。わたしには最高の友達がいるんだから。

「ねっ、そうでしょ瑠衣」

 わたしは瑠衣に笑いかけた。

 瑠衣もまるでテレパシーでわたしの考えを悟ったかのように、笑った。

「はいっ!」

 良い笑顔だ。

 出口に到着し、わたしたちの体が光に包まれた。



△△△



 眩しい。

 とても。

 そんなに強い光があるわけじゃない。

 ただ私の目が慣れていないんだ。目を開くことに。

 すぐ近くに人の気配がある。私はうっすら目を開けた。

 眼鏡をかけた気難しそうな顔の男が私を見下ろしている。哲の父の志信だ。

 志信は私の目の前に人差し指をかざした。それを左右に動かす。どうやら私の反応を見ているようだ。癪だけど、私はその通りに視線を動かした。その視線の動きだけで私は消耗する。目を動かすだけでも一苦労だった。

 志信は私の頭部についている装置を外した。私の意識を仮想空間に送っていたものだろう。

 他に近づいてくる人物がいる。

「未来」

 私の母だった。涙の痕で化粧が崩れている。ちゃんと鏡見たほうがいいよ。

「未来」

「うん、未来だよ」

 その声はかすれてほとんど音にならなかった。だけど母にはちゃんと届いたらしい。

 母がベッドの上で寝ている私に抱きついた。母の後ろに父もいる。

 心配かけてごめんね。

 ちょっと爆睡しすぎちゃった。

 私は並ぶように配置されている隣のベッドを見た。

 哲がベッドの縁に座ってこちらを眺めていた。額の辺りに痕がついている。彼も装置をつけていたのだろう。後でお礼を言っておかないと。

 私は哲とは反対側を見た。そちらにもベッドがあり、私の親友がいた。

 こちらを向いて、微笑んでいる。

 体が重い。とても一人では起き上がれない。

 私はどうにか指だけを動かした。親指を立てて、「いいね」の形を作る。それを親友に向けた。

 瑠衣は楽しそうに笑い、「いいね」を返してきた。





 二週間が経過した。

 まだ体力はそこまで戻ってきていないが、私の強い希望で学校に登校した。

 昇降口で上履きに履き替える。

 教室に向かって廊下を歩いた。

 なんでだろう、すごく緊張する。

 どんな顔して教室に入ろうか。笑いながら? いっそのこと変顔でもしてやろうか。

 教室の前に着く。

 私はそこで立ち止まった。

 ドアを開ける勇気が出ない。

 私ってこんなに臆病だったのか。

 回れ右して帰っちゃおうかな。

 ずっと来たかったはずなのに。

 ガララ、と目の前の教室のドアが開いた。

 女子生徒が一人出てきて、私の手首を掴んだ。

 瑠衣だ。

 瑠衣が笑いながら私を教室に引っ張っていく。


 パン!

  パン!


 クラッカーの音が鳴り響いた。

 クラッカーから飛び出たでろんとしたやつが私の頭に乗った。

 教室の中でクラスメイトたちが待ち構えていた。

 まだ早い時間なのに、全員揃っているんじゃないか。

 黒板には『退院おめでとう』とでかでかと書かれている。

 なんだよこれ。やっぱり帰ろうとした私が馬鹿みたいじゃんか。

 クラスメイトたちが私の前に集まりもみくちゃにされる。

 哲は隅っこの席に座ったまま黙ってこちらを眺めていた。

 またこの場所から始まるんだ。

 みんな待っていてくれた。

 私は置き去りにされていない。

 胸が高鳴って。

 生きていることを実感する。

「ねえ瑠衣」

「なんですか?」

「みんなでUNOしない?」

「はい、しましょう!」


 こんにちは、私の青春。

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Hello Me (·∀·) さかたいった @chocoblack

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