第七話 垂れた蜘蛛の糸
瀕死の舞婀を助けてくれる者を探すため、ボロボロになりながら森を進み続けた白宗。彼の前に、蜘蛛の姿をした女たちが現れたのだ。
「SP!WY AA YU DU!」
(ちょっと待って!あなたこの子に攻撃するつもりだったでしょ!)
「AB SUR BI. UND NW KLL.」
(ちょっと脅かしただけだろ。別にどうこうする気はねぇよ。)
一つ、背中から生えた四本の脚。
一つ、六つか八つか、額に開いた何個もの目玉。
一つ、聞き覚えのない、不思議な言語。
服装からして見ても、麻っぽい布で作られていて、都では見たことがないような…腕や胸元などを晒したやや露出の多い物であった。彼は一目見ただけで、彼女らが白盤の国のものでないことを理解した。
「まさか…舞婀の生まれの民族か…?」
彼女らは言い争っている。片方は乱暴に声を出しながら、腕や体を大きく使ってこちらを庇ってくれている優しそうな女。
もう片方はややキツめに、こちらに指を刺して何か言い訳している切れ目の女。
ともかく、彼女らの話している言葉は何もわからなかった。
しかし、一先ず彼女らが自分をこれ以上攻撃する様子もなかったため、彼は彼女らに助けを求めることに決めた…というか、それ以外道はなさそうであった。
自分に殺気を向けてきた方は流石に恐ろしかったため、彼は自分を庇ってくれた方に、右足を引きずりながら近づいた。
「…すまない…予の言葉はわかるか?」
「DU YU WE VLI ?AY NT NOU?」
(あなたどこの村の子かしら?さっぱりわからないわ…)
「AYWY YU SO INJUA!」
(ていうかこの子ボロボロ!怪我してるわ!)
「駄目だ…やはりわからないのか。」
しかし、言葉がわからなくとも、彼にはまだ方法がある。彼は皇族だ。しかも今は衰退したとはいえ、かつてこの大陸の東側一体の秩序をその権威にて守ってきた大帝国の皇族である。
自身が皇族だと示せれば、おそらくこの集落の話ができるもの…白磐の言語も話すことが可能な者を引き出せるはずであった。
彼は必死に、その白い髪や肌を彼女らに見せびらかそうとした。しかし、ここであることに気付く…自分は想像以上に酷い姿をしているのだ。
走り回った肌には汗や泥でくすみができていて、更に舞婀の血をモロに浴びた頭髪は黒くベタついていた。これでは「夜遅くまで遊んでいたら森の中を迷って出れなくなった子供」…そういった風貌である。
彼女らはこちらの状況をやはり理解できていなかった。だがしかし、とりあえず彼が他所からやってきた窮状の子供だということはわかっていた。
「HE, WA LL YU DU(おい、このガキどうするつもりだよ?)」
「SOU ELP DU.」
(もちろん助けてあげるのよ。)
何を話しているのかもわからないままに彼女らの会話を聞いていると、突然、切れ目の女が白宗の腕を掴んだ。驚く間も無く、彼はどんどんと集落の奥へと連れていかれる。
「ちょっ…!ちょっと待て!」
「おい話を聞いてくれ!一時を争う急事があるんだ!」
彼が必死に訴えても、止まる気配はない。
だがしかし、彼女らも、ただ話が伝わっていないわけではなかった。彼女は、彼が自分たちをこの集落の外に連れて行きたい場所がある…おそらく、大人の手を借りて助けなければならない何かがある…それはわかっていたのだ。
「WY ELP HI OR?」
「MB CAS AYON DO ELP FR TEC US?」
(彼を助けてあげないの?多分、外の誰かを助けるために、私たちに助けを求めてたのよ?)
「NOU,AY AVE NOU RASON」
(駄目だ、コイツだけならまだしも、わざわざ村の外に出て助けをしてやる義理はない。)
歩きながら、切れ目の女は言葉を続けた。
「MB RAT VLI NER THO HouDou, IS VLI KA AMIL ATT.」
(多分、最近村の近くを通っていた北独の奴らに、村か、もしくは家族が襲われたんだろう。)
「IC ELP IT, IC NED FR FIT. IC SAD BT AY OLY TU PROC.」
(それを助けたいと思ったら、奴らと争わなければならない。この子には可哀想だが、私たちはこの子を保護してやることしかできないさ。)
彼女達はそのまま家に入ろうとした。彼はもしここでこの家に入ってしまえば、自分はきっと外に出ることもできず、助けを呼ぶこともできなくなると悟った。だから、彼は力の限り暴れて抵抗した。腕を振るって、大声をだし、とにかくとにかく…暴れた。
「止めろ!離せ!早くしないと…!」
「HY!USI IST!」
(おい!うるさいぞ!)
「黙れ黙れ!予を下すんだ!」
「早くしないと…舞婀が!!!」
突如、彼女らの足が止まった。
「MAIA…?」
(舞婀…?)
聞き返すような言葉だった。
「…ああ、舞婀。」
「舞婀…夏巫のことだ。」
「「!!!」」
先ほどまで聞く耳を持たなかった二人はその言葉に、食い入るように反応を示した。そして彼の肩を手で掴み、揺さぶるように何かを問いただす。しかし彼女らが何を言っているのかはわからなかった。そしてこちらからも、どう説明しようにも、自分の身も、状況も、彼女らに伝わることはなかった。
あと少し、もう少しで彼女らに「何か」が伝わるはずなのに…
………まだ一つ、試していないことがあった。
彼はその場に座り込むと…左足を彼女らに差し出した。何をするのか理解できず、不思議そうに見つめる二人。
「…これを人前でするのは…最後だ…」
指を使い、爪の隙間にある…その絹糸を摘んだ。そしてそれを…強く引き出した。程なく、真っ白な糸が、柔らかく弛みながら彼女らの前に現れた。
「ッ…!」
言葉に表せぬような激痛、もうすでに出血が起こっている。ピィー…と血と混ざりながら真っ直ぐに伸びるその一筋は、月光に照らされて紅色に光っていた。二人は見入るようにそれを見つめ、彼からその糸の端を受け取った。
「HO TH SEE…」
(これ…どこかで見たことが…)
彼女らはそれに強い興味を持ち、それを手の上でよく観察している。その様は、学者が貴重な資料を手に入れたときのような…興奮と高揚を示すような眼差しであった。
彼女らの一人がそれを手に乗せながら、大声で集落の中心に叫ぶと、数名の女子達がまた顔を出し、やがて集まってきた。
「いいぞ…とにかく…集まってきてくれ…」
そして彼女らが口々に言葉を交わし、程なくして切れ目の女は何か慌てた様子で集落の奥へと走っていく。その姿が見えなくなったと思うと…今度は何か薄い布のような物を大事そうに掌に乗せて帰ってきたのだ。
「それはなんだ?」
「…布か?」
その布には…刺繍があった。それが目に入った瞬間、思わず息が速くなるのを感じ、胸の奥が熱くなる。作られてから長い年月が経っていたのだろうか、やや色は燻み、埃っぽくなっていた。しかしそのように衰えても、その中に描かれた刺繍は特別に目を引いた。白く、羽を生やし、触角を持つ…白盤の象徴たる聖獣『蚕』である。
彼女は白宗の糸と、その刺繍に扱われた糸を鋭い目で見比べていた。
「IS TOO…」
(同じだ…)
そして、再び白宗へと目線が移され、彼は自分に向けられている目が今までとは違う物だと感じ、胸を張って彼女らの目線に応えた。
「IS ERA! HI ERA!」
(皇帝だ!彼は皇帝の血縁だ!)
一人が叫びをあげた。そして事態は集落中を巻き込む大事となった。そこら中から人が集まり、松明や武器、更には馬や薬品などなどをかき集めて、急ぎ外に出る準備をしていた。
彼女らも理解したのだ。この子ただの迷子の子供ではなく…国が滅び、都を追われた皇族の子であるのだと。そうとなれば、白盤の庇護下で生きてきた民族として、この窮状を見逃すことはできなかったのだ。
白宗は彼女らの手当を受けつつ、その刺繍の入った布を手に取り、それに頭を下げた。
(劣化の具合から見て、これはきっと…数代前の皇帝が与えた物だろう。)
(そんな遥か昔の物であるのに、素材を一目見ただけで思い出してくれた…そのおかげで、言葉も通じないのに、彼女らに全てが伝わったんだ…)
代々、その刺繍を見守ってきたこの民族。
そして、彼女らにその存在を忘れさせなかった偉大なる過去の皇帝。
両者の活躍が、時を超えて今の皇太子の命を繋いだ。その感動をどう例えたら良いのかわからなかった。ただ…涙が止まらなかった。
やがて、集落中の戦士が集まり、列を成した。ある者は八脚を解放し、またある者は毒牙を見せびらかし、各々の方法で全開の姿を晒す。白宗はその中心に陣取ると、彼女らを従えて進み始めた。
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