第3話
いつものように靴を飛ばしたら、靴の先が南と西の間を向いていた。判断がつかなかったので母に聞いたら、南寄りと言われた。
南にある景色が見える場所や出掛けられる場所を調べる。一番最初に出てきたのは電車で二十分かけて行き、降りた駅からすぐのところにある隣の市の橋だった。
この橋は、隣の市では有名な歴史人物が名乗りを上げた場所として知られているらしい。
みたことのない青色の橋だった。
電車に揺られ、駅を降りて辺りを見渡すと人がたくさんいる場所が目についた。
その方向へ行くと、小さくて錆びれているが確かに青色の橋があった。高齢者が景色を見渡したり、その歴史人物の本を持った男性が写真をあらゆる角度で撮ったりしていた。
観光客が多い中で、ふと少年とその父親の会話を耳にした。
「いつも混んでるよね、ここ」
「だねぇ」
その少年は、mothers dayと書かれた大きなハート柄の袋を抱えていた。
それをみて、ああ、今日は母の日だと気づいた。
「お母さん、喜ぶかなぁ?」
「喜ぶよぉ!絶対」
私は思えばずっと、自分のためにばかりお金を使っていて母にはいつも手紙や肩たたき券、お手伝い券などプレゼントに一銭もかけなかった。
それでも母は、これが何より嬉しいと喜んでいた。
「あ!!」
少年は大きな声をあげた。
周りの大人が全員振り返るくらいの声だった。
「ど、どうした!?」
「カード!!」
少年が目を向けた先には、ひらひらと橋の下へ落ちていくカードが見えた。
彼はプレゼントを下に置いて、橋の下に広がる川を見た。
「お母さんが大好きなプリキュアのカード!僕、集めてやっとSSカード出したのに!」
「そんなことしてたのか!」
少年の父親は、彼のサプライズぶりに驚く。
「お小遣い全部使って買ったのに!」
「浩人(ひろと)、しょうがないよ……、でもお母さんはその浩人の行動が何より嬉しいよ」
「渡せなかったら何も意味ない!!」
少年はついに泣き出してしまった。
高齢者の中には、かわいそうに……と同情するものもいたり、この川はふけえからなぁと呟くものもいた。
私は橋の上から川を見た。
濁った色をしていてとても綺麗とは言えない川の上を、ゆらゆらとキラキラ光るカードだけが浮いている。
可哀想だ、なぜか、なぜか私はそうおもった。
なぜ?
よくわからない。すぐに答えは出なさそうだ。
ただ一つだけわかったことは、川に飛び込むことに私は迷いも恐怖もなかったことだった。
「きゃあああ!!」
飛び込んだ私を見た老婆が高い悲鳴をあげる。
破裂音のような音をたてて、私は水の中に入った。
少々水に飛び込んだ痛みは感じたが、私は深い川の中から顔をあげた。
流れがほとんどない川だったため、流されることはなかった。
私は辺りを見渡すと、近くにカードが浮いていた。
カードを手に取って、小中高と水泳で身につけたことを駆使しながら泳いで草の上についた。
「お、お姉ちゃん!!大丈夫!?」
ずぶ濡れの私を見て、少年は驚きと共に声を上げる。
私は立ち上がってカードを少年に渡した。
「え……これを、拾うために飛び込んでくれたの?」
「うん」
すると少年の父親が深々と頭を下げてお礼した。
「ありがとうございます……!」
「いえ」
すると、私の行動を見ていた男性が素晴らしい! と拍手を向けた。
手には歴史本を持ち、カメラをぶら下げた男性だ。
「僕の好きな偉人はこの場所で名乗りを上げ、当時、流れが今より激しかった川で人助けをするためにこの橋から飛び降りて人を助けたのです!!
まさにこの橋はその偉人の人生が詰め込まれてる!
あなたの勇敢な姿を見た時、その偉人の魂を感じました!まさか、生まれ変わりの方ですか?」
明らかに早口で興奮口調で私に話しかけてくる。
それを見た他の人たちは、変なものを見るように離れていく。
「いえ、私はその偉人となんの関係もありません」
この場所に行く前の準備で、その偉人のことを調べたが知らないし聞いたこともない人物だった。
「おじさん!! そんなことより、お姉ちゃんが風邪ひいちゃうから!!」
「おっと、これは失敬!」
少年に叱責された男性は私に謝る。
そして少年は、私の手を引っ張った。
「僕の家、すぐ近くだからお風呂入ったほうがいいよ! 服も洗濯したほうがいい!」
私は少年の赴くままに手を引かれ、その橋を後にした。
少年の家につくなり、てきぱきと彼がお風呂を沸かしてくれた。
彼の父親も、私がお風呂に入るなり外から、「洗濯しますね」と声をかけた。
先ほどの川の水とは違い、温かく澄んだところに入りながら私は一息ついた。
「お風呂、ありがとうございました」
私がお風呂から上がった時にはまだ洗濯が終わっておらず、少年の母親のTシャツとジャージを借りることになった。
サイズは少々大きかったが、香水の匂いがした。
私がリビングに行くと、キットカットやらせんべいなどお菓子の入ったお皿に花柄のコップが机に置かれていた。
「どうぞ、食べていってください」
「食べて食べて!」
親子に急かされるように私は椅子に座って、紅茶を一口飲んだ。
「本当にありがとうございました」
「いえ」
「見て!お姉ちゃんのおかげで綺麗に戻った!」
「うん」
私が一言返事しかしないためか、沈黙が流れる。
「あの……怖くはなかったのですか?」
少年の父親が聞いた。
「はい」
「すごいですね……」
「かっけー!!」
驚く親子に対して、特に感情を持つことのない私の間には再び沈黙が流れた。
するとぴー、ぴー、と洗濯機の音がして少年の父親が慌てたように取りに行った。
僕も手伝う!!と少年も後をついていく。
私はリビングに一人座っていた。
そういえば、スマホは無事だろうかとふと気づき、洗面所に忘れていたことを思い出した。
洗面所の方に行くと、親子の会話が聞こえた。
「浩人、あのお姉さん……変だと思わないか?」
「変? 何が?」
「笑ったり困ったりしないし、会話もしたくないみたいな感じが……」
「うーん、くちべた、なんじゃない?」
少年は覚えたての言葉を発した後、自信あり気にこう付け足した。
「でも絶対いい人だよ!!」
いい人、初めて言われた言葉だった。
だけどいつものように何も感じはしなかった。
元の服に着替え、お礼をして私は浩人くんの家から去り青い橋を渡って帰路に着いた。
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