第2話
医師に靴を飛ばして滝に行ったことを報告した。
「良い第一歩ですね」
「先生、滝を見ても何も感じませんでした」
「いいんですよ、行動したことに意味があるんで」
ぜひ続けてください、とのことだったので私はいう通りに今日も靴を飛ばす。
今日は空高くは舞わず、低い軌道を描いて着地した。
特にバウンドもせず、ゴロゴロと回転を繰り返して方向を変えることはなかった。
小石の上を歩きながら、靴下のまま進む。
「実里、痛くないだ?」
そんな私の姿を見た祖母が、驚いて聞く。
「うん」
私は普通に答えると、祖母はそう……と呟いた。
「ご飯だよ、今日は実里の好きなオムライスにしたよ」
「うん」
小さい頃に祖母の作ったオムライスがとても美味しくて、おばあちゃん美味しい!と言ったことを今も覚えている祖母は私が来るとよくオムライスを作ってくれる。
味はする。美味しいとは思う。
ただ、昔ほど味が感じにくくなっている気はする。
「北」
私は靴の先の方向を見て呟き、スマホを取り出し北の方へ徒歩か公共交通機関で行ける場所を探す。
「何を調べているんだい?」
「北にある景色が見える場所」
「北……」
祖母は考え込みながら北の方向を向く。
「どうしても北じゃなきゃダメなのかい?」
「うん」
「そうかい……、それは誰が決めたんだい?」
「靴」
祖母はため息を吐いた。
私はスマホで調べると、北の方角で真っ先に出てきたのは美術館だった。
美術館は景色じゃない。他に何があるだろう?
私は調べていると、祖母が提案した。
「そういえば最近、北の美術館でおばあちゃんが好きな絵師の方の絵が展示されているんだよ」
「美術館は景色じゃないよ」
私がそういうと、祖母はため息を再び吐いた。
「花の絵なんだよ、景色と一緒だよ」
「確かに」
私はそこに執着することもないと思い、祖母と共に美術館に行くことにした。
母は祖母が一緒ということもあり、前回よりは心配だよと言わず祖母にお願いね、と言っていた。
二十分くらい祖母と歩いた。
今年、七十八歳の祖母は「いい天気だね」「空気が気持ちいいね」「お花が綺麗だね」「ばあちゃん疲れたよ」と隣で言っていた。
私はそれに対して全て「うん」と答えた。
休憩を挟みながら四十分後には、美術館についていた。横長の小さな美術館だ。
私と祖母は入り口にある看板を見た。
聞いたことのない絵師の名前と、展示タイトルが書かれていた。無料と書かれていて、受付を通して私たちは展示会の部屋へと言った。
そこには花の絵が一面に飾られていた。
祖母はじっくりと一つ一つを見ていて、私は流し見しながら絵を見る。
どれも見たことのある花ばかりだった。
祖母の家の庭に咲いている花や、公園や運動場に咲いている花、野山に咲いている花……どれも見たことがあるが名前がわからない花がほとんどだった。
私はあたり全体を見渡して、最初から最後まで十分くらいで見てしまった。
祖母はまだ六つ目の絵を眺めていた。
見たことのある花の絵、という感想だけだった。
祖母の近くに行くと、絵を見ながら私に言った。
「綺麗だねぇ」
私が知っていたのはコスモスやクローバーだった。
現実だったらこんな小さな瓶やプラスチックの箱に安定的に入らないであろうものが、大胆に入って飾られている絵だった。
水彩画で描かれている絵だったが、草が下にいくほど深い緑になり、花は一つ一つ小さいものも丁寧に書かれていた。
「これはシオデ、だね」
祖母が指をさした先にあった絵だが、小さな葡萄のような形をしたものだった。
ああ、そういえば小さい頃に指を真紫にしながら、おやつがわりに甘いね!と友人と言いながら食べていた。
おやつがないほど貧乏ではなかったが、これ食べられるのかな?と友人と恐る恐る食べてみたところかなり甘くて、親にも持ち帰っていた。
当時、母には「そこら辺のもの食べちゃダメ!」と怒られた。
そんなことを思い出し、あれはシオデというのか。と理解して祖母に言った。
「食べられるやつ?」
「違うよ〜、それは野葡萄、これはシオデ」
何が違うのかわからなかったが、祖母はニコニコしながら絵を見ていた。
「これは紫陽花だね」
その絵は、見たことのない白い紫陽花が項垂れるように描かれていた。
「紫陽花はね、花の色はなくなるけど枯れないんだよ」
「うん」
初めて知ったことだった。
私に説明しながら、キラキラと少女のような目をして祖母は絵を見ていた。
私はもう一度、端から端まで絵を見ることにした。
何も感じなかった。
祖母のように綺麗、とも思わなかったし
可愛いね、とも思わなかった。
最後にその絵師さんのカレンダーを買って、いい買い物をしたと笑顔をこぼす祖母はいう。
「この絵師さんね、絵を描くことをやめちゃうの」
祖母は寂しそうにいう。
「この絵師さん、野花がとても好きでね、花が絶滅するのを悲しんで絵に残したいって思ってくれてたんだよ」
「うん」
「だから、こんなに気持ちがこもっているんだね」
「うん」
絵に気持ちがこもっているなんて、私は思わなかった。
ただ、最後の絶滅するのを悲しんで絵に残したいという思いを聞いた後、絵を見た時、思い浮かんだ。
顔写真が載っている絵師さんが、真剣な目で筆を取ってさまざまな野花を描いているその姿が。
「帰ろうか」
「うん」
私たちは、美術館を後にした。
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