第4話
「うん、いい変化ですね」
私は診察の際に、浩人(ひろと)くんのことを医師に話した。
母の日に、お母さんへのプレゼント用のカードを川に落としてしまい泣き崩れていた子の話を。そしてその姿を見て、可哀そうだと思えた話をした。
元々話す気はなかったが、その子のことと帰ってから自分の母親に話したところ「感情の変化じゃない?」と言われたので医師に話してみた。
「可哀想だと思えたのは、実里さんの本心が動いた証拠です、これからもいろんなものに見て触れていくのがいいでしょう。もちろん、疲れるほどはしてはなりませんよ。あくまで休むことを中心にしてくださいね」
疲れた、という感覚もさほど感じはしない。
休むというのも、何をもってして休むというのかすらわからないが。
まあ、これがいいのなら続けようと思い、私はその翌日もまた靴を飛ばした。
「東」
「実里、どっちの方角が出た?」
私が靴が向いている方向をつぶやくと、母が近づいてきた。母も靴の方向を見て、お、と口にした。
「じゃじゃーん、今日、東でお祭りがあるんだよ~! 行ってみない?」
母はチラシを私に見せてきた。車で四十分ほど進んだ先にある隣の隣の市で、龍をテーマにしたお祭りがあるそうだ。時間は夕方の六時から九時まで。
「うん」
私が返事をすると、母の目が輝いた。
翌日、祖母の手を借りながら二人とも浴衣を着せてもらった。母の友人で浴衣屋を営んでいる女性から、浴衣を即座に母がレンタルして祖母が着付けをした。
母は、藤色の花柄の浴衣を着ていて、私は青を基調とした水色の花柄の浴衣を着させてもらった。
「実里は青が好きだからね」
「そうそう、だからいいかなと思って」
鏡で自分の浴衣姿を見たが、特に綺麗とも思わなかった。
「嫌だった?」
「ううん」
表情が変わらない私を見て、母が聞いてきたが特に嫌とも感じなかった。
私と母は、祖父の運転で祭り会場へ向かった。
「楽しんでこいや」
「また帰りは連絡するから」
祖父に見送られて、私たちは太鼓の音が鳴り、薄暗い中でボワァと光るぼんぼりが並ぶ方向へ歩いて行った。
平日の夜だというのに、そこには老若男女が入り混じっていた。カップルもいれば夫婦や子連れ、一人でいる男性もいた。
まだ開始して間もないからか、大混雑というほどでもなかった。
出店が並んでいた。からあげにフリフリポテト、たこやきにやきそばなどいろんなものが食べられそうだった。
出店の上には、左右に金色の龍と銀色の龍が書かれた長い旗が飾られていた。
龍の頭の方へと向かっていくと、正面に神社が見えた。
慣れない下駄で、母は肩で息をしながら二十段ほどの階段を登ると小さいが厳かな神社があった。
私と母は、賽銭箱にお金を入れてお願い事をした。
ここは龍の神様が祀られているところらしく、この時期になると神様に感謝を伝えるためにお祭りを開くそうだ。
「よし、何食べようかなぁ」
母は呟く。特に食べたいものは私は浮かばず、母のあとを子供のようについていく。
母は最初にからあげが食べたいが、一人で五つは食べられないので私に三つよこした。
歩きながら食べていると、チーズハットグの屋台があった。
「チーズ……ハッドグ? なにあれ」
母は聞いたことがなかったらしく、お店を指さして私に聞いた。
「チーズが伸びるやつ」
「へえ、食べよ食べよ」
母は興味津々で、チーズハットグを二つ買った。
歩きながら食べようとしたが、母の予想以上にチーズが伸びて食べづらかったため神社の近くにある人が座れる石の上で食べることにした。
「綺麗だねえ」
橙色のぼんぼりに、金色と銀色の龍がライトに照らされていた。私がその景色をじっと見ていると、私の名前をつぶやく声が聞こえた。
「おい、あれ浅井実里じゃね?」
「あー、あのいじめられっ子のやつ?」
「いじめてたのお前なのに他人事で草」
「お前だってそうだろうよ」
クハハ、と笑う青年たちの声が耳に通った。
私はその青年たちの方向を見ると、彼らは「きも」「こっちみんな」と聞こえるように言っていた。見るなと言われたので、見ないようにして母を見ると、ものすごい怖い顔で青年たちをにらんでいた。
「許せない……」
母は、憎しみのこもった声をあげて石から立ち上がった。
私は、咄嗟に母の右手をつかんだ。
「実里……」
なぜつかんだかは分からないが、咄嗟につかんだのは事実だった。医師から言わせれば、これが私の本音なのだろう。
私と母は、その青年たちから離れて祭り会場に戻った。
「許せない許せない…! 実里をこんな目に合わせてまで、まだ言ってくるなんて!」
彼らに対する言いたかった言葉が溢れるように母から出てきた。
私は、それに対しても、先ほどの彼らに対しても、何も感じなかった。
「あの…!」
神社から離れようとした私たちに、後ろから誰かが声をかけてきた。
振り返ると、先ほど私に何かを言っていた青年の中で唯一、バツが悪そうな顔をしていた青年だ。
数年前、同級生だったから覚えていた。
月井裕(つきい ゆう)くんだ。ツーブロックの頭に一番あの中では強面でガタイが良く、銀色の太いネックレスとピアスをしていた。
「なに?」
母は私の前に立ち、睨むように月井君を見た
「……ごめんなさい…‼」
月井君は振り絞るような声を上げて、私たちに深々と頭を下げた。
「謝って許されることじゃないのは分かっています……、でも……謝りたくて」
母が言い返そうとした瞬間、私はとっさに母に言っていた。
「月井君は、さっき私に何も言ってなかったよ」
思えば、彼から何か言われたことは学生時代もない。あの青年たちといつも一緒にいてもバツが悪そうな顔をずっとしていた。
だから謝ることでもなんでもない。
しかし、母は私の言葉を聞いて私の手を引っ張った。
「帰りましょう」
私は、月井くんを振り返ってみると彼は泣きそうな顔をしていた。
私が手を振ると、彼は心底驚いた顔をしていた。
あーした元気になーぁれ! ミヤツキ @sakana1018
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