最終序章
まだ書くのか。もう終わりにして良いのではないか?見ろ。序章ばかりで遂に最終章だぞ?最終序章って何じゃい。書いてておかしいと思わんのか。
俺がここまで日常に固執するのには、勿論理由がある。最初に自己紹介した通り、俺はうつ気味である。かつては本物のうつだった。今は複雑に病が進行して、人格が分裂していった。
無論、きっかけは仕事だ。
かつての弊社はブラック全開の社員消耗型自転車操業だった。気が狂うぐらいに働いて、前兆もなく俺はある日壊れた。
全く身体が反応しなくなり、ただただ布団の上で呆然と座り続ける置物と化した。一週間、俺の意識は拡散し身動きもできなかった。糞尿も垂れ流しだった。
しかし、やがて意識が収束してくると、俺は俺一人で壊れる事を容認できなくなった。殴られたら殴り返すのが、俺のやり方だったはずだ。・・・いや、そうか?
思えばこれが人格が分裂した初めの兆候だったのかもしれない。
廃人と化して何の気力も沸かなかったのが、一転、俺は打って変わって事を労働争議としてマスコミ向けに表沙汰にしてやり、荒立てることにした、同じ様に精神を病んだ同僚を掻き集めて集団ハラスメント訴訟を起こした。証拠など履いて捨てる程ある上に、俺自身が詳細執拗な日記を綴っていた。
この文章だ。
俺はうつから人格を分裂させて完全にレベルアップしていた。レベルアップなのだろうか。今となっては判らない。ハッキリしているのは、黙っているつもりはなかった、ということだ。
つまり書いている俺と、それに抗議する俺も俺自身ではあるのだろう。ただし互いに意思の疎通は出来ない。互いに好き勝手に暮らしている。
俺の集団訴訟はほぼ完全勝利に終わり、弊社は経営母体が数百人の多額の賠償を負うことになり破綻、継承転籍という形で組織ごと別会社に移譲されることになった。
俺はかつての上司たちもそれぞれ個人訴訟を起こし、徹底的に追い詰めた。許すはずがないではないか。
名前や発言、その時間まで詳細に書き残していた日記や、会社への集団訴訟が労災認定となった事も追い風となり、かつての上司たちは次々と敗訴または和解となった。俺は容赦というブレーキが完全に壊れたままで、どんどんと上司たちを袈裟懸けに成敗していった。
それは同時にトラウマと強制的に向き合う、地獄の時間でも有った。PTSDに苦しむ俺は、かつての上司たちに吐きつけられた人格否定する発言の数々に魂を削られ続け、数年経って粗方の掃除を終えると、丸っ切り別の人格が上層人格として社会機能を維持する様になっていた。
実は俺には億にもなる資産がある。ハラスメント訴訟大尽である。もう働く必要はなかった。
しかし、俺は会社を去ることは選択しなかった。会社は俺に怯えきり、当たらず触らずの扱いで係長補佐として留め置き、後は腫れ物に触る扱いとなった。
俺はその頃に生まれた人格だ。俺の本体人格はもはやどれだか認識できない。恐らくは深層心理の奥の奥のベッドで眠り続けているのだろう。
今の俺はかつてのうつ症状が明確になった後に生まれた執拗に戦闘的な俺とは正反対に、平穏に無難に静謐につつがなく人生をおくる事を望む。ただただ日々を緩やかに穏やかに、静かに破綻無く過ごしたいのだ。
本質では変わっていない。キーワードは『執拗』。元々の俺は、何をするにしても粘り強く、しつこい
やがて今の俺となって陶冶された、と思い込んでいたが、執着する対象が日常への偏愛となっただけかもしれない。誰にも邪魔はさせない。
俺は日常を守るためなら、どの様な手段でも厭わないくらい覚悟の据わった平凡な男なのだ。
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《その覚悟が、我々の欲するところなのだ》
さすがの俺もギョッとした。おい、手を抜くな。ちゃんと書いておけよ。余計なことばっか描写してないで。一瞬聞き逃しただろうが。
「誰だお前は。俺の心の声に割り込むな。・・・横のお前は痴女だな」
「痴女は止めてっ!」
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《余は『喪失王』カイム・ヴェル・アズライト。最後の契約者にして、灰色の覇王とも呼ばれる》
いつの間に上がり込んだのか、俺の部屋には不審な外人が二人、座り込んでいた。爺さんと痴女の二人組だ。痴女神が同時通訳をしていた。
「お前ら、不法侵入って知ってるか?」
聞くだけ無駄だとは判っていても、つい思わず問い質した。二人は答える気もないらしい。
一人は例のギリシャ風だかローマ風だか知らないが、それらしいトーガ様の薄布で体の線を剥き出しにして恥じるという事もなく、わざわざ背景効果で多少の後光まで差し込ませ、丸っ切りの露出狂であるところの、痴女神である。
もう一人は初見だった。
まぁ、ゴテゴテと飾り立てた装飾品やら金糸銀糸に彩られたマントやら無意味に宝石の輝く王冠やらから察するに余りある。
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《そなたの示す、『超常回避能力』と『無限の安定志向』は、我々の召喚を次々と忌避することにより元々の可能性を遥か超えて、大いなる魔法使い級の『否定の勇者』の『普遍の意志』へと深化した》
「王だかなんだか知らないが、何を言ってるんだ。いい歳して恥ずかしくないのか」
どこに出しても恥ずかしい中二病的な文言が乱れ飛ぶセリフを堂々と言う態度は、まぁ王様的と言えなくもない。爺さんが女声で喋る違和感はあるのだが。内容が痛々しいを超えて激痛の共感羞恥を呼ぶのも気になる。しかし当の本人は顔色一つ変えないのだから、大したものだ。
「⍟⋈⌖ ⟑⍜⎊ ⎈⌧⋣⍾ ⎇⎌⌖⍀ ⟑⍜⎊ ⌧⍙⎌⎇⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎈⌧」
《そなたは、余の前世で別れた半身なのだ》
俺は阪神と聞き違えて、何故ここで急にタイガースが出てくるのだ、と思った。半身ね。何を言ってるんだお前は。真顔で前世とか、漫画の読み過ぎじゃないのか。
「⎇⍀⎈, △⎊⍀⋣⍾ ⏚⎌⎊ ⟑⍜⎊ ⌧⍙⎌⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎈. ⍟⋈⌖ ⟑⍜⎊ ⋔⎌⌖⍀⎈⋣⍾ ⍙⎌⎇ ⟑⍜⎊ ⎇⎌⌖⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎇⌧, △⎊⍀⋣⍾ ⏚⎌⎊⋣⍾ ⋔⎌⌖⍙⎇ ⟑⍜⎊ ⌧⍀⎌⎇⍀ ⎌⌖⍙⎇, ⎇⎌⌖⍀ ⟑⍜⎊ △⎊⍀⋣⍾ ⏚⎌⎊⋣⍾ ⍀⎊⎇⎈ ⟑⍜⎊ ⎇⍀⎌⌧⍀ ⎌⌖⍙⎇, ⍀⎇⌖ ⟑⍜⎊ ⎌⌖⍀⎇⍀⎈⌧.」
《今、我々の世界は危機に瀕しておる。そなたがその魔法使い級の力を現世で振るうたびに、我々の世界の魔法の源は不安定となり、現世と我々の世界の境界が歪み、互いに侵食しつつあるのだ》
「あなた方が、無闇に俺に手を出さなければ済んだ話じゃありませんかね、冷静に聞くと」
「・・・」
黙りやがった。図星だな。しかし面倒くさいなこの二重言語状態。書いてて面倒じゃないのか?
しかも言い訳の一つも用意してないところが腹立たしい。自分らの世界を救う為に、俺が犠牲になるのは当然と考えていたらしい。
「⎇⎌⌖⍀ ⋔⎌⌖⍙⎇ ⟑⍜⎊, ⍟⋈⌖ ⟑⍜⎊ ⎌⌖⍀⎇⍀⎇⌧⎈, ⏃⎈⎇⍀ ⟑⍜⎊ ⌧⍀⎌⎇ ⎌⌖⍙⎇, ⌧⍙⎌⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎈ ⌧⍀⎌⎇⍀⎈⌧.」
《初めの召喚で、そなたが応じていれば、ここまで事態が混迷し、深刻化する事はなかったのだ》
「殺す気でしたよね?最初のあれ、召喚じゃなくて、殺す気満々でしたよね?」
だいたい話がおかしいのだ。
俺を召喚したところで、異世界の何が変わる?あの時点での俺は、うんこを漏らしかけたサラリーマンでしかなかったはずだ。
その後、馬鹿みたいにしつこく干渉し続けたから、事態が拗れたんじゃないのか。
「あ、あれは召喚の儀の都合上仕方なくて・・・」
「俺としては一旦死ななきゃ召喚できないシステムの欠陥を告発したいところだな」
またも黙り込みやがった。最初から俺を殺す気だった証明になることも気付いていない。
「⎈⌧⋣⍾ ⏚⎌⎊⋣⍾ ⍟⎇⌖ ⟑⍜⎊ ⌧⍀⎌⎇, ⏚⎌⎊ ⎌⌖⍙⎇ ⟑⍜⎊ ⌧⍙⎌⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎈⌧. ⎈⌧ ⟑⍜⎊ ⎈⎇⌧ ⋔⎌⎇⍀ ⎌⌖⍀⎇⍀⎈⌧!」
「余の世界の民のみならず、世界の存在そのものが存亡の危機に陥っておるのだ。余は王として世界を救わねばならぬ」
「おい、痴女、それから中二王」
「やめて」
「⌧⍀⎇⌧」
「お前らがミスッたのを、俺の所為にしてるんだな?いいか?
「⍟⋈⌖ ⟑⍜⎊ ⎇⍀⎊⋣⍾ ⏚⎌⎊ ⟑⍜⎊ ⎌⌖⍙⎇⍀, ⌧⍀⎌⎇ ⟑⍜⎊ ⎈⍙⎌⍀ ⎌⌖⍙⎇⍀⎈⌧. ⏃⎈⎇⍀ ⟑⍜⎊ ⏚⎌⎊ ⟑⍜⎊ ⌧⍙⎌⍀⋣⍾ ⍀⎊⎇⎈ ⟑⍜⎊ ⎌⌖⍀⎇⍀⎈⌧!」
《そなたが二つの世界を結びつけ、混乱の源となっておるのだ。このままでは世界は滅びへの道へと突き進む》
「それは結果論ですねー。あなた方が手を出さなければ良かっただけですよねー?」
すると、ここで静かにかつての攻撃的な俺が割り込んできた。あの、上司たちと元の経営母体を破滅へと導いた戦闘的な俺である。
「・・・なるほど。解決策なら一つあるな」
「⎌⌖⍙⎇⌧!」
《申してみよ》
「念の為聞いておくが、あんたの能力があんたの世界を支えているんだな?そして魔法の源とやらが歪む原因を排除すれば、あんたの世界は救われる、と」
「⎈⌧」
《然り》
「簡単じゃねぇか」
俺は立ち上がった。キッチンへと向かう。
ほとんど惣菜ばかりの食生活なので、調理道具など寂しいものだ。一つの鍋とヤカンと、フライパン。
そして、出刃包丁。
俺はそれを手に取ると、喪失王とやらの心臓目掛け、全力で刺した。
一撃で殺らなきゃ、どんな反撃があるか判らない。俺はグイグイと力を込めて、出刃を根本まで深々と刺した。殺人?何を言ってるんだ。本人たちが言う通りに異世界人なら、人権など無い。
「⍀・・・⍀・・・⍀⎇, ⎌・・・?」
《な・・・な・・・なん、で・・・》
「えーーーーーーっ?!?!」
喪失王は目を剥いて俺を睨み、突き立てられた包丁を握る俺の腕を掴んだが、そのまま力尽きて崩れ落ち、やがて消えた。世界が震えた気がした。
「ちょっ!あんた!何してくれてんのよ!!これじゃ我々の世界の数億の民も生きとし生けるもの全てが滅びるのよっ?!一つの世界が滅びる事になるのよっ?!」
「見たことも聞いたこともない、実在も疑わしい世界の誰が滅びようと、俺の知ったことか。消え失せろ」
痴女神は恨みがましい目を俺に向けたが、俺は痛くも痒くもない。痴女神の姿が薄れ、やがて消えていった。
俺は耳を済ましたが、俺の頭の中には何も聞こえはしなかった。数億の民とやらの呪詛が俺の精神を苛むかと思ったが拍子抜けだ。
おい、ここも書くのか。俺が人の心とか無いんか?と責められるだろうが。俺にだって罪悪感が沸かない訳では無い。ただし俺の命と引換えなら俺は
言っておくが、博愛精神とか俺にそんなものを期待されても困る。
かつて会社を訴えた時も非難された。「そんな事をすれば、会社は終わりだ」。俺は一切躊躇わなかった。精神的であれ肉体的にであれ、障害を負わされたのだ。人を殴るなら、殴り返される覚悟を決めておけ。
見も知らぬ異世界の誰かがどうなろうが、本来は俺に関係のない話だ。宇宙の反対側で超新星が爆発したよりも関わりが無い。同じ宇宙でもない。
この二人の妄想かもしれないし、俺の妄想かもしれない。いずれにしても消さねば消されるだろう。
何処の異世界の女神だか王だか知らないが、勝手に干渉してきて、世界の責任を押し付けるなんてかつてのブラック企業だった弊社より
二人が掻き消えた事で、異世界とやらの実在もあり得た可能性が出てきたが、正直に言えば、俺の精神の有りようは俺自身でも正気を疑う程度には曖昧である。
夢であった、と言われてもおかしくはない。
俺の手には包丁だけが残されていた。
血もついていない。俺はそれをキッチンに片付けると、冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出し、モニターの電源を入れてNetflixを立ち上げた。
今夜は異世界物アニメでも見て、どこぞの異世界を鎮魂し慰撫してやろう。
明日からはまた、平凡でありふれた生活が待っている。もう特に書くことは残されていない。
異世界に召喚され続けているが、俺は日常を捨てないし無双もしない 遠近普遍 @occcamnk
★で称える
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