第3話 火の呼吸
エグゼミルが霊山に着いた頃にはすっかり日が暮れて明かり1つない闇夜が広がっていた。
エグゼミルは荷物を下ろすと、服を脱いで素っ裸になる。
そして、適当な木が下に座禅を組んで座った。
「これは…まだ誰にも明かせない秘密の業だからな」
エグゼミルは体の中に炎が燃えているイメージをしなぎら鼻からゆっくりと息を吸って火を大きくし、口からゆっくりと吐き出しながら鳩尾から全身に火が行き届くように、そして炎が身体中を循環するようにイメージする。これをひたすら繰り返している。
しばらくすると肌寒かった風が心地よいものへと変わり、いつの間にか全身から滝のように汗が出始めた。これが服を脱いだ理由なのだ。
エグゼミルがやっているのは火の呼吸と呼ばれる独特の呼吸法である。
元は万年雪が積もる高山の修行僧が厳しい環境でも修行が出来るように産み出された秘伝ともいうべき呼吸法だ。これをマスターした修行僧は雪が降り積もる極寒の中でも裸で座禅を組み続けられたという。これは彼が回帰前に傭兵をやっていた頃に他国の傭兵から教わった呼吸法で、まだこの国では誰にも知らされていないものだ。
この呼吸法の最大のメリットは体温が上昇し、常に身体の能力を、五感を含めて最大限引き出す事が出来ることにある。但し、慣れないと身体への負担も大きいため長時間使う事はかなり難しい。
(これをマスターして常時できるようになれば…一ヶ月で1年以上の厳しい鍛錬を積んだのと同じ効果がある)
エグゼミルは時間を忘れるかのように呼吸法の鍛錬に明け暮れた。
日が昇れば山を走り込み、腕立て伏せや腹筋、スクワットなどの筋力トレーニングをしては剣を日が暮れるまで振り続け、夜になれば火の呼吸をし続ける。
これをエグゼミルは1日も休まず続けた。
効果は1週間ほどで表れ始める。先ず、呼吸を長く続けられるようになった。そして筋肉が全身につき始めた。高重量のトレーニングでは身につかない。実戦的なシャープで力強くも素早い、それでいて持久力のある筋肉だ。
前世では、この呼吸法を身に付けた頃は三十代半ばの頃だった。その時は習得するまで時間もかかり、効果が出るまで更に時間を有したが、二十代前半であるエグゼミルの体は順応していくのも、効果が現れるのも早かった。
僅か半月で身体は半年間厳しい鍛錬をしてきたかのような体付きになっていた。
そこから更に追い込み、トレーニングの負荷をかけていく。
そして最終日。
エグゼミルは木の下でジッと木を見つめる。
そして…
「ふんっ!」
大声を出して木の幹に蹴りを入れる。
すると木が揺れて木の葉が落ちてきた。
エグゼミルはゆっくりと剣を構えると。
「シッ!」
立て続けに素早い剣撃で木の葉を斬った。
斬られた木の葉は全てが真ん中で斬られていた。
ただ斬るのでなく正確に真ん中で斬る。斬った木の葉の数は5枚にも満たないが、たった一ヶ月でここまで出来るのは一握りの人物だけだろう。
「うん、前ほどじゃないが、感覚が戻ってきている」
前に王都襲撃をした頃は落ちてきた葉を全て斬ることが出来るほど腕前を持っていたが、あれは十年以上積んできた鍛錬のおかげだ。たった一ヶ月でここまで出来れば上等だろう。
エグゼミルは水浴びをすると、一ヶ月ぶりに服に袖を通す。
「あれ?やけに窮屈だな…しばらく着なかったから服が縮んだのか?…参ったな…服を新調し直さないとな」
この場に鏡があるわけではないから自分がどの様な体型になっているのか確認する術がない。
気が付かない内にエグゼミルの体は筋肉で一回り大きくなっていることを本人は気が付くことが出来なかった。
「よし、帰るか」
エグゼミルは走って山を駆ける。
木々が生い茂る山の中を荒野を駆けるように降りていく様子は野人のようだ。
エグゼミルは今までより速く走っているという事に気が付かない。
屋敷まで半日近くはかかりそうな距離をエグゼミルはその半分の時間の時間で駆け抜けていった。
「エグゼミル様ー!」
屋敷に着くとナッシュが屋敷内から出てくる。
「おう!久しぶりだな!元気だったか?」
「元気だったか?じゃないですよ!いきなり飛び出して行ったから領主様も驚かれてましたよ!私も心配で心配で…夜しか寝れませんでしたよ!」
「そうか、ちゃんと寝れていたなら問題ないな。父上は?」
「練兵場です。ところでエグゼミル様…体大きくなられました?」
「どうなんだろうな?前よりも服が窮屈なのは確かだ。後で仕立て直しを頼めるか?」
「それは構いませんが…って、まさか全部の服をですか?!」
「時間がかかっても構わないぞ。頼んだ。俺は父上に挨拶をしてくる」
エグゼミルが練兵場に向かうと、練兵場へと入る扉の前に古参兵が立っている。
「父上に帰還の挨拶をする。中に入れてくれ」
エグゼミルはその影響力を失っていたとしても嫡子だ。本来であるなら領主のアラフォートからの命令がない限りは扉を開けて中へと入れる。
しかし、古参兵は小馬鹿にするような顔つきで扉の前から離れようとはしなかった。
「どうした?中に誰も入れるなと言われてるのか?」
「いえ、御屋形様はお忙しい方なので、坊ちゃんの用事は後回しにして欲しいんですよ」
「どういうことだ?」
「だから〜マクシミリアン様の足元にも及ばない坊ちゃんが来られても迷惑なだけなんですって」
ナッシュはこの様子を慌てたように見ていた。それはあってはならないことだ。
軍隊という規律を重んじる集団であるなら尚の事だ。
よくよく見渡すと、練兵場の建物の窓から複数名の兵士がその様子をニヤニヤと見ている。
つまりは舐められているということだ。
「なる…ほど。ナルホド。ナルホド。ナルホド」
「わかってくれました?坊ちゃん」
この坊ちゃんという呼び方もあってはならない。
「ああ、よ〜くわかったよ……」
エグゼミルの出した答えは簡単だった。
「へへへっわかってくれまし…ぶべぇっ!」
「推し通らせてもらおうか」
殴って力付くで推し通るだ。
舐められているならその代償を払わせればいい。
一撃で古参兵を気絶させたエグゼミルは中へと入る。中へと入ると、その様子を上から見ていたであろう兵士達がエグゼミルを止めようと向かってきた。しかし、誰も止めることは出来ない。逆に殴り返されて倒されていくのだ。
「何事だ?」
騒ぎを聞きつけたのだろう。アラフォートがエグゼミルの前に現れた。
「エグゼミル。只今帰還しました。そのご報告に参りました次第です」
「……我が領の兵を殴りつけてか?」
「何か問題でも?」
「大有りだ!何故!何の沙汰もなくこのような真似を!」
「軍隊とは規律が大切です。上官の命令には従うのが原則です。俺は彼等にとって上官にあたります。ならば明確な理由もなく、上官の命令に従わないのは騎士にあるまじき行為です。故に、規律のために殴り倒して来ました」
軍隊とは理不尽なものだ。それに耐えるために厳しい規律が必要となる。
「………次は許さんぞ」
「はい!失礼します!」
エグゼミルは踵を返す。彼の歩く通路にはエグゼミルを止めようとした古参兵達が軒並み倒されていた。
(アイツが倒してきた古参兵共に若輩者はいない。誰もがそれ相応の実力者ばかりだ。それを全員倒してきたか。この一ヶ月で随分と…何があった?)
たった一ヶ月で古参兵達が束になっても手も足も出ないほどに成長したエグゼミルを見て、アラフォートは嬉しさ半分、不気味さ半分と複雑な気持ちでその背中を見た。
そこで気が付く。
(アイツ…あんなに体が大きかったか?あれだけの期間で人の体は大きくなるものなのか?!)
まるで別人になった息子の背中を見て、アラフォートは冷や汗を微かに流したのであった。
復讐に燃えた貧乏男爵貴族のやり直し あぐお @aguo
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