第2話 回帰

ふと目を開ける。

目の前に飛び込んできたのは見覚えのある天井。


「エグゼミル様?!目を覚まされたのですか?!」


数十年と聞いていない、忘れかけていた懐かしい声に思わず目を向けると、自分の世話役だった執事見習いのナッシュが慌てたように声をかけてきた。


「ナッシュ…久しぶりだな。何年ぶりだ?」


「ああ〜エグゼミル様〜頭を強く打たれて気がおかしくなってしまいましたか〜!」


随分と失礼な言い方だ。


「ふざけるな、おかしくなってねぇよ。って……ここは……」


「エグゼミル様?!まさか自分の部屋であることもおわかりにならないほどですか?!」


「………………ナッシュ。今日は何年何日だ?」


「…冗談ですよね?まさかそこまで記憶がなくなったのですか?」


「記憶と相違がないか確認したいだけだ。いいから何年何日だ」


今日がいつか聞くと、(ああ…)と思い出す日がある。

それは自分の愚かさ故の転落の始まりの日。

腹違いの弟と試合をして………ボロ負けした日だ。

そのことを恨み、弟を毒殺しようと画策した。

今考えれば顔から火が出そうなくらい情けないものだ。

自分は武に才能があった。それを驕り努力を怠った。弟は才に驕らず努力を重ねに重ね、数年後には帝国でも名のある騎士として成り上がった。

当然の結果だ。

そして弟は領主として貴族として国のために最前線で戦い続け、そして亡くなった。

弟と再会できたのは弟が王国に抵抗した愚か者として王都でその死体を吊るされて見世物にされた時だ。その時の後悔は脳裏に焼き付いて離れない。


自分がこうしているということは…

そう思いにふけるとドアが開いて、恐る恐る弟のマクシミリアンが部屋に入って来た。


「兄上…大丈夫ですか?」


自分はこの時、嘲笑いに来たのかと激怒して弟を追い出した。

弟がどれだけ自分の事を心配していたのか知ることすらせずに………


「マクシミリアン……」


エグゼミルはベッドから起きると、ゆっくりとマクシミリアンに近づき、肩に手を置いた。


「強くなったな…マクシミリアン」


「兄…上?」


「本当に…本当に…強くなったな…当然だな…お前は…努力を怠らなかったのだから…当然だ」


気がつけば弟を抱きしめていた。


「ごめん!ごめんな!マクシミリアン!」


弟を抱き締め、そして泣いていた。涙が溢れて止まらなかった。

エグゼミルが泣いて謝る姿に戸惑うマクシミリアンとナッシュ。

それは普段傲慢なエグゼミルからは到底考えられない態度だったからだ。この時、2人は試合に負けたことで弟に辛くあたっていた自分を見つめ直して謝っているのだと思った。

エグゼミルは何も弟の想いを理解しようとせず辛く当たり、挙句殺そうと画策した事。守れなかったこと。見世物にされた弟に何もしてやれなかったこと。それらの思いがぐちゃぐちゃになっていた。



落ち着いた所で、マクシミリアンとナッシュを部屋から出して一人になる。

再会したマクシミリアンは大人びた雰囲気の中にまだ若干の幼さが残る顔をしていた。

そして今日の日付。

何が要因で起こったのか分からないが、過去に戻って来たことは分かった。あの時の、その後に起きたことが夢なのか幻覚なのか、それば分からない。だが、やり直せるといつ事にエグゼミルは希望を感じていた。

エグゼミルは机の中から紙とペンを出すと、思い出す限りの未来に起こる事についてメモを走らせる。メモを走らせていると、あの時、どうすれば良かったのか?ということが積み木のように頭の中で答えが積み重なっていく。

そこには現代では完成されていない技術もあった。書き上げたメモを読み返し、まずやるべき事は何かを思い返す。


(まずは……鍛錬だ。俺自身が強くならなきゃ意味が無い。普通にやっていたら間に合わない。半年後には隣の領から領地戦を仕掛けられるからな。短い時間で出来ることを全てやり尽くす。その為に鍛錬に使える時間は……最長でも一ヶ月半。後は領地戦の準備に時間を充てなければ…ならば)


エグゼミルが思考を走らせていると、ドアをノックする音がする。


「エグゼミル様。領主様がお呼びです」


「分かった。すぐ行く」


エグゼミルは襟を正すと、領主である父親、アラフォート・フォルガーのいる執務室へと向かった。



「何か…言う事はないか?」


厳しい目付きでエグゼミルを見るアラフォート。その視線には失望の文字が浮かんでいる。


「今まで…申しわけございませんでした。自分の未熟さを認めることが出来ずに、弟や周りの家臣達に当たり散らし、何一つ積み上げることを怠っておりました」


前は弟が卑怯な手段を使ったに違いない。次は勝つと言って父親の逆鱗に触れた。その事を恨み弟を毒殺しようとして追放された。追放した父親を何年も恨んでいた。たが、違った。父親は待っていたのだ。いつか立ち直る日が来るということを。

今までとは違う態度と言葉にアラフォートは驚くような目を一瞬だけ浮かべる。


「ほう、少しは反省したように見えるな。だが、言葉だけならいくらでも言える。行動が伴わなければな」


「はい、それで一ヶ月ほど祖先が眠る霊山にて修行を積みたいと思います。許可をいただけますか?」


領内の奥にはフォルガー家の墓がある霊山とよばれる聖地がある。そこには領主の許可がなければ入る事が許されない。


「…逃げる気か?屋敷でも鍛錬はできるであろう」


「いえ、屋敷でも鍛錬はできますが、甘えが出てしまいます。甘えの許されない環境に身を置くことで自分を追い込もうかと思います。どうか、許可を」


真っ直ぐアラフォートの目を見ながらエグゼミルは言う。

その今はまでとは違う態度に思う事があったのだろう。小さくため息をついた。


「良いだろう。一ヶ月間。何の支援も無く鍛錬に打ち込んでみろ」


「はい!ありがとうございます!それでは!今から行ってきます!」


「待て待て!今からか?!」


「はい!善は急げです!」


「今からだと着くのは夜中だぞ?!明日の早朝にしなさい!」


「待てません!では!」


「待てーーー!!」


父親の制止を振り切ってエグゼミルは部屋を出ていく。

アラフォートは居なくなったエグゼミルのいた部屋の中を呆気に取られながら見ている。


「言い出したら聞かないか…全く、変な所ばかり母親に似て……」


アラフォートは部屋に飾られた今は亡きエグゼミルの母親の絵を見る。


「もう少し、見守ってみるか…なあ?」


絵画は答えない。ただ、聖母のように優しい笑みを返すだけだ。

すると、執事が慌てて部屋の中へと入って来る。


「領主様!エグゼミル様が!」


「放っておけ。私が許可を出した。一ヶ月は戻らないぞ」


「え?!そうなのでありますか?!エグゼミル様は馬にも乗らずに走って向かわれましたが…」


「エグゼミルー!馬鹿者ー!せめて馬を使って行けー!」


父親の息子を心配する声は悲しく屋敷内に響いた。





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