復讐に燃えた貧乏男爵貴族のやり直し
あぐお
第1話 失敗した復讐
リンドバーグ王国首都。王都リンバス。
多くの人が行き交い、人を呼び込む声や争い事の絶えないこの街は、世界の経済の中心にして、眠ることのない街として国内外問わず多くの人が一度は訪れたいと恋い焦がれる場所だ。
そんな世界の中心とも言われる王都に年に一度、国中の貴族達が一堂に集い、国を挙げての舞踏会が模様されている。
それは富の象徴であり、文化の中心であることの象徴でもある。貴族達はその栄華に酔いしれ、民達はそのお零れに預かろうと人を呼び込む。
そんな人がごった返す中を義足を引き摺り、杖を突きながら歩く男がいる。
あまりにも見窄らしいその格好に誰もが一度は眉を顰める。しかし義足であることがわかると昔、戦地に行って足を斬り落とすほど怪我を負った元兵士なのだろうと思った。
王国は10年以上は戦争をしていないから、その頃の従軍した一人なのだろう。
男を見た人の多くが同情の視線を投げかけた。
可哀想に。
あれじやマトモな職にも就けないだろうに。
夢、破れたりか。
誰もがそう思った。
しかし、男の目は希望を失っているわけではなかった。寧ろギラギラと憎しみの炎に燃えていた。
義足の男はヨタヨタと杖を突きながら歩いていく。男は盛大な舞踏会の会場でもある王都のシンボルとも言える城の前に来ている。
大きな門の前には2人の近衛兵であろう騎士が守りを固めていた。その2人の騎士にふらふらと近づく男。
騎士は浮浪者のような服装に警戒するが、彼が義足であることに気が付くと警戒を解いた。きっと過去の厳しい戦いの生き残り、自分達の先輩なのだろうと思ったからだ。
王国の兵士の間では怪我で除隊した者には最大の敬意を持って迎えるという伝統がある。近衛兵の2人は抜剣すると斜めに剣を掲げた。
そんな2人の横を男が通り過ぎようとした瞬間の出来事だ。
一筋の閃光が走る。
すると近衛兵の2人の首から血が噴き出し、体が崩れ落ちるように倒れた。
男の手には細い剣が逆手で握られている。男の持っている杖。それは中に剣を仕込ませた仕込み杖だった。
2人の男の死亡を確かめると、「チッ!チッ!」と口で音を立てる。
すると周りからゾロゾロと静かに人が集まりだし、閉まっていた鉄の門が内側か開いた。
「状況は?」
その問いに門を開けた城内の関係者と思われる服を着た男が答える。
「ここの奴等は全部会場にいる。王もそこだ。周りには近衛兵と警備を担当する奴等がいる。城に入る二つのルート、洗濯室と調理場の出入口は確保済みだ。急げよ」
義足の男は頷くと後ろに視線を向ける。
そこにはボロボロの鎧を身に付けた大柄の男がいた。その男はマントとして国旗を身に着けていた。リンドバーグ王国に滅ぼされた祖国。
プロメシア帝国の国旗である。
男は国旗のマントをたなびかせると、静かに。そして力強く呟く。
「我らが祖国を取り戻すぞ。今日、この場にいる王国の奴等は………」
「鏖殺だ」
集まった男達は静かに、そして素早く行動を開始する。
それは祖国が滅ぼされてから十年以上。
着々と人をかき集め。資金をかき集め。情報をかき集めて準備に準備を重ねてきた乾坤一擲のクーデター。千載一遇の復讐の日なのだ。
彼等が動き出したのと同時に、王都の街のあちこちから爆発音が聞こえる。突入する部隊のほかに陽動のための部隊があちこちに仕掛けてきた爆弾を爆破している。
その混乱に乗じて一気に王を討つのだ。
「あん?誰だ?おま………ぎゃ!」
「え?!だ、誰?!きゃ!」
男も女も。目についた王国の人間は片っ端から殺していく。
義足の男はゆっくり我が物顔て歩いていく。
「貴様!何奴?!ぐはっ!」
「くっ!賊だ!こっちだ!ギャー!」
歩きながら近づくものは一閃、一閃。その命を狩る。
義足の男は斬り殺しながら、正面玄関のロビーで足を止める。その周りには何十人という完全武装した兵が武器を構えて身構えている。
「貴様!何者か!」
一際体の大きい兵が問いかける。
「…何者でもいいだろ…今夜。ここで。お前達は死に。王国の歴史は終わるのだから」
「だが…まあいいだろう。答えてやる。我が名はエグゼミル!エグゼミル・フォルガー!」
「貴様達に滅ぼされたプロメシア帝国貴族!エグゼミル・フォルガーだ!」
エグゼミルは床の上を滑るように飛び掛かると一閃。
一閃で2人の男の首が宙へと舞った。立て続けに2回、3回。閃光が走る。
まるで糸の切れた操り人形のように5人の兵士がバタバタと倒れた。
「くっ!なんと!?相手は1人だ!数で押し込め!」
エグゼミルを囲い込んで四方八方から一斉に襲いかかる。
その頃、王国貴族を鏖殺せんと本隊が会場へとなだれ込み、目についた人々を殺していく。
武器1つ携帯していない貴族達は次々と殺されていく。
中には気概のある者が抵抗を試みたが、なすすべなく殺された上にその死体に剣を次々と突き立てられたオブジェと化している。
黙って大人しく殺されるか、抵抗して犬死するか、彼等に大した違いはない。
全てだ。
全て殺し尽くすのだ。
プロメシア帝国の国旗を身に付けた男を先頭に男達はゆっくりと、そして確実に怨敵たる王のいる場所へと向かっていく。
所々で城を守る兵士が行く手を阻もうとするが、後ろに付き従う男達に阻まれ、討ち取られていく。
「殿下。もう少しで我等の悲願が成就されますね!」
付き従う一人が言う。
「まだだ。まだ成っていない。気を引き締めろ。あと………俺のことを殿下と呼ぶな。悲願が成就した暁には国を立て直さなければいけない。その時は、お前達にあの時死ねば良かったと思うほど苦労をかけるぞ。その時は……陛下と呼んでくれ」
「は、はい!」
その言葉に多くの付き従う者達が涙ぐむ。
先頭を歩くその男、彼はプロメシア帝国の元皇太子アルバート・ヴィ・プロメテウスなのだ。
アルバートは城の最深部。王のプライベートルームの扉を蹴り開ける。
「誰だ貴様は!」
部屋には王冠を被った小太りの男がいた。
「追い詰めたぞ。これで終わりだ」
アルバートは剣を構える。しかし男はニヤリと笑ってみせて、手元に置いてある鈴を鳴らす。
すると、部屋の奥から綺羅びやかな鎧を着込んだ兵士達がその姿を表し、男を守るように立ち塞がる。
「近衛兵団…何故ここに…」
「高貴たる者。貴様のような奴がいたとしても、護衛兵が直ぐに駆けつけられる抜け道くらい用意してあるものだ」
「くそ…ぬかったか…だが!ここで貴様を殺せば良いだけのこと!」
「余を殺すか…ふふっ…やってみたまえ。できるものならな」
「ぬかせ!」
王のプライベートルームと言えども多くの人が一堂に部屋の中に集まると動きが制限されるものだ。
事実、アルバートが率いる帝国軍からなるレジスタンスは斬りかかろうにも互いが邪魔をして思うように前に進めない。
「なっ!」
「ちぃ!」
足が止まった人を倒すほど容易なこともない。
王国の近衛兵は剣を捨てると、短剣を取り出してレジスタンスを的確に倒していく。
「くそ!怯むな!」
「相手が悪かったな。この者達はな…ただの近衛兵ではないのだよ」
彼等は全てを犠牲にしても王を守り切る為だけに存在する近衛兵だ。そのためなら味方はおろか、自分の命すら平気で犠牲にする訓練を徹底された命を無視された近衛兵。そして彼等の武力は通常の近衛兵よりも高い。
「くそ!こんな!こんなところで!目の前にいるのに!」
レジスタンスの数はみるみるうちに減っていき、遂にはアルバート唯一人となる。
「俺一人でも!」
アルバートは果敢に立ち向かうが、渾身の一撃が防がれると、剣を持った腕を切り飛ばされ、首を撥ねられた。
「ふむ、余の前に立ったその執念だけは認めてやろう。さて、鼠はまだいるようだ。お前達、付いてこい」
王は近衛兵を連れて、侵入してきた賊の顔を見てみようと物見山の軽い気持ちで部屋を出ていく。
部屋にはアルバートの首がその背中を見送るかのうに置きざりにされていた。
エグゼミルは正面ロビーの前で今も戦っている。
(遅い…どうした!アルバート!)
エグゼミルは戦いながらアルバートを待つ。その手にはきっと国王の首か掲げられていることを信じて。
その時、場違いな拍手がホールに鳴り響く。
見ると、そこには死んでいなくてはならない国王が拍手をしていた。
「素晴らしい!よくぞここまで我が国の衛兵達を相手に倒してきたな!褒めてやろう」
「な……!なんでお前がここに?!」
「ん?死んでいないからであろう?残った賊はお前だけだ。その武力を称賛して名前だけは聞いてやろう。名は?」
エグゼミルは答えられない。代わりに乾いた笑い話が出た。
「ははっ………ハハハハ……ふざけるなよ…」
「巫山戯るな!!!!」
エグゼミルは一太刀浴びせようと、国王に飛びかかろうとする。しかしその一太刀は届くことはない。
何故ならば国王の側に控えていた近衛兵が立ち塞がり、その手には最新式のクロスボウが握られていた。
クロスボウが一斉に発射される。
自分に近づいてくるはなたれたクロスボウを前にエグゼミルの頭には走馬灯のように今までの人生が流れた。
もう少し大人になっていれば起こらなかった過ち。婚約破棄。未遂の身内殺し。破門そして追放。家族を恨みながら放浪する日々。自分の過ちに気がついた時には家族はいなかった。謝る機会すら失い、復讐に燃えた暗黒時代。
クソすぎる人生だった。
それをちょっとはマシにするための。家族の名誉を取り戻す為のクーデターは大失敗。
挽回の手すらない。
この時、確かにエグゼミルは自分の身体中に突き刺さる矢の感触を感じた。
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