6話:月の憧れ

LumiPopができたばかりの頃。

ゆらは憧れだったアイドルになれる反面、冷や汗が止まらず緊張していた。

自己紹介をしようにも、声が震え、言葉も出てこない。

小さな小さな声が、狭くなった喉を何とか通る。だが、それは人が聞こえる声量ではない。

恥ずかしくて、情けなかった。


「なら、ゆらって呼んで良い?」


そう言ったのは涼香だった。

名前が聞こえているはずがない。恐らく、プロフィールを確認したんだろう。

だが、この微笑みと優しい声が、ゆらのかすかな声を聞き取ったのではないかと錯覚させた。

ゆらが涼香と出会い、特別な情を持つに至った日だった。


それから、ゆらは涼香を目で追い続けた。

涼香は、誰にでも優しく、笑顔で応えるアイドルの鑑のような存在。

だが、裏では練習と反省の鬼で、自分で自分を追い詰めている姿もよく見られた。

それでも、人には悪態を吐かず、丁寧でゆったりとした口調を使う。


欠点らしい欠点がない人間。それがゆらから見た涼香であった。

ただ一つ短所があるとすれば、それは主張がないことである。


「涼香さんは月のような人。照らす光が大きくなればなるほど、綺麗に輝く人だ。なら、私が太陽にならなきゃ」


ゆらは、すでにレベルの高いダンスを見直し、苦手な歌も高水準になるよう勉強と実践を重ねた。

それでも、ゆらたち他の三人は、涼香の光になり得なかった。


そう行き詰まっていたとき、LumiPopの前に英美里が現れた。


「なんて可愛い人なんだろう」


ゆらは、意識しないままに呟く。それほどの愛らしい少女であった。


「この人なら……」


英美里であれば、涼香の光になれる。

ゆらは悔しくてたまらなかった。メンバーではなく、外から来た人間にその位置に取られたくなかった。

だが、耐えた。全ては涼香が映えるため。

そう思えば我慢できた。我慢できるはずだった。


「私は赤にする!」


英美里の声が明るく元気に響いた。

ゆらは耳を疑った。


「赤?」


涼香の方をゆらは見る。

すると、涼香と目が合った。


「良いんだよ。私のカラーは、今日から黒なんだから」


それでも——


「それでも、英美里さんは赤を選んだ。涼香さんを差し置いて。思い出しただけでもイライラする!」


ゆらは、壁を思いっきり殴り、声を荒げた。

それを受ける涼香は、ゆらを憎み切れない理由を悟った。


「やっぱり、私のため、だったんだね」


ゆらの瞳には、大粒の涙を流す涼香がいた。ゆらは堪らず目を逸らす。

それでも、声は聞こえ続けた。


「赤色は私が譲ったんだ。私じゃなくて、英美里の方が似合うからって、私が決めたんだよ」


ゆらはこれ以上喋らない。


「……駄目だよ、ゆら。私たちはアイドルなんだから……笑顔と愛で闘わないと。それができなくなったら、それはもうアイドルではないよ」


涼香は涙を拭いた。それでも、次から次へと溢れ、止まらない。

泣き崩れたままの顔で、涼香は部屋を出た。

取り敢えず今は、ゆらと同じ空間に、いたくなかった。

これ以上、ゆらと同じ空間にいれば、口汚くなるかもしれない、手が出てしまうかもしれない。


「もう、どうして良いか分からない……。私は、ゆらと向き合えるのかな」

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