5話:ファーストペンギン
大抵のことは時間が解決すると言うが、まさしくそうであった。
LumiPopは四人でコンサートを行うのが普通になっていた。
パフォーマンス前の緊張感と高揚感。そして一体感。何一つの欠けを感じない。
ここで、涼香はメンバー全員の誰に問うでもなく言った。
「そう言えば、赤の衣装ってどうなったの?」
誰が答えるか顔を見合わせて、穂波が戸惑いながら答えた。
「遺族の方が引き取ったんじゃないですか?」
「でも、衣装って個人の持ち物だけじゃないよね」
初期は衣装も自分たちで用意していたが、今では芸能事務所からの貸与という形で衣装が用意されることとなっている。
「どうしたんですか?まさか、赤の衣装を涼香さんが着るんですか?」
涼香の曖昧な質問に、桜子が眉をひそめた。
穂波も涼香と桜子の顔を交互に見て、息を呑む。ゆらは、我関せずの態度だが、耳だけは話を聞いている。
この後に涼香が何を言うのか、全員が待った。
涼香は微笑んだ。そして、首を横に振る。
「いや、そうじゃないよ。私たちがテレビとか出てる時の衣装は、遺族の方に渡っているのかなって、少し気になっただけ」
一瞬空気が暗く重くなったが、それもすぐに解消された。
LumiPopは、またライブ前の普通へと戻っていった。
そして、コンサートが滞りなく終わった。
席は全て埋まり、盛り上がりも悪くなかった。十分に成功と言える成果を得た。
「英美里がいなくても、大盛況だったな」
涼香は少し寂しげにする。
そして、覚悟を決めて、一人の少女を残らせた。
「どうしましたか?涼香さん」
「いや、一つ聞きたいことがあってね。『温泉好きのハチ』てあなただよね、ゆら」
ゆらは目をぱちくりさせ、驚いた表情を見せる。だが、すぐに真顔に戻した。
「……開示請求されたら終わりか。どうして分かったんです?」
涼香はあれだけ憎かった相手前に不思議と激昂することはない。むしろ、静かで落ち着いている。
これは見知った人間だったからか、それとも何か深い理由があるのかもしれないと思ったのか。理由は涼香にも分からなかった。
「温泉の泉質の硫黄には黄色の字がある。ハチも虫の蜂ならイメージは黄色と黒色。黒は私だから黄が残る」
「ファンの可能性もあるじゃないですか」
ゆらは教えを乞う優秀な生徒のように問う。
涼香も教師のように答えた。
「当時、そこまで強烈なファンはいなかったのは、ゆらも知っているでしょう。それに名前は、ゆらの推しに見えるけど、投稿は赤の批判ばっかり。不自然極まりないよね」
「ああ、そうか……ファンならファンらしく振る舞わないといけなかった。そういうことですね」
ゆらは何度も反芻するように頷いた。
涼香はその姿を見て、諭すように言う。
「ゆら、殺人の加担者になんだよ」
「加担者、ですか。それは良いですね。殺人の罪と比べれば随分と軽いですね」
ゆらには反省の色はなく、微笑みを見せるばかりである。
「何を、言っているの?」
涼香は靴を滑らすように二、三歩、後退りする。
「ここまで来て察しが悪いですね。これは私が初めたことです。私がこの悪意に火を焚べたんですよ。ファーストペンギンみたいなものです」
ファーストペンギン。最初に海に飛び込む勇敢なペンギン。
誹謗中傷で言えば、最初に投稿した人間と言えるだろうか。
問題はファーストペンギンが安全であれば、後追いはいくらでもやってくるということだ。
一度、誹謗中傷が投稿され、訴えられることなく流されれば、これもまた安全性の証明になる。
ゆらは故意に英美里の悪評を投稿し続け、英美里への誹謗中傷を呼び込み易くしていたのだ。
涼香は、腹の中から何かが上がってくるような気持ち悪さを感じた。
それでも平然として問いかける。
「ゆらが英美里を殺そうとしたってこと?」
「殺そうとまでは思っていませんでしたよ。このグループは英美里さんがいて、上手く周り出したんですから。それに、英美里さんのことは尊敬していますし」
「矛盾しているけれど?」
「そう見えますよね。でも、私の中では整合性が取れています」
ゆらは、息を吸い直し続ける。
「私の最推しは涼香さんなんです。だから、LumiPopの赤を着るのは涼香さんじゃないと許せない」
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