7話:炎

事務所は、英美里を自殺に追い込んだであろう過激な投稿のアカウントに情報開示請求をした。

だが、ゆらのアカウントには触れられることはなかった。

内容を見れば、小さいことを書き綴ってあるだけのことだ。

ゆらは、超えてはならない一線を超えないようにしていたのだ。


この中で、涼香とゆらは、事務的な話しかしない関係が続いた。

お互い、話し合いたい空気を出しているが、一歩踏み出せずにいた。


「あの」


言葉を発したのは、穂波であった。

全員の視線が穂波へと集まる。


「次の休み、みんな、同じ日なので、英美里さんのお墓参りに行きませんか?」


「そうね。それ良いと思うわ」


桜子が明暗だと言わんばかりに身を乗り出す。

涼香は、ゆらを連れて英美里の前に行く気にはなれなかった。

だが、四人うち、すでに二人同意している。ここで反対するのも気が引けた。


「反対する理由もないし、英美里のところへ行こうか」


涼香は、またゆらを見る。

ゆらは乗り気ではなさそうだが、空気感に負けているのが伺える。


そして、墓参り当日。

時期外れの墓地は、どこの墓にも、花もお供物も置かれていない。

似たような墓石を一つ一つ見ながら、英美里の墓を探す。


「ああ、ここですね」


穂波は立ち止まって、左手側を指した。

つい最近亡くなったばかりだが、随分と年季の入った墓石。

祖先の方々と共に眠っているのだろう。


静かに墓所に入ると、その瞬間何か背筋の伸びるような感覚がした。

本当に死者がここにいるかのようである。

そういう思いは、行動に出る。

墓石に水をかけ、綺麗に磨き、花を生け、線香を上げる。一つ一つの動きが丁寧になるのだ。


「英美里。私たちは元気でやっているよ。だから、安らかに眠っていてね。……また来るよ」


涼香は手を合わせて、墓にいるであろう英美里に語りかけた。

それを見て、桜子と穂波も同じように語りかける。

ゆらは、後ろで見るだけで終わった。


「……あとは片付けだね。ここは、ゆらと私でやるから、二人は先に行っててよ」


そうして、涼香は、ゆらと二人になる。


「墓に来て、手も合わせずに帰る気?」


ゆらは、墓を見ることなく歩き出す。


「言うことは何もないですよ。きっと英美里さんも許さないでしょう」


涼香は、ゆらの前に出て、宣言するように言葉を突きつける。


「そう。私もあなたのこと許さないから。だから、あなたは私の手足となって一生を過ごす」


「推しに使われるのは悪くないですよ」


ゆらは、笑って見せた。強がりと本音が混じった愛らしい笑みである。


「一生こき使ってやる。碌な死に方ができないように」


そして、涼香も笑顔を見せる。それは、もう優しくはない。恐ろしく、空虚で、それでいて美しかった。


そして一見、問題の解決したLumiPopは、四人体制になってから初の新曲を出した。

今話題の作詞作曲家に、敏腕編曲者を起用し、最上の一曲を作り上げた。

ミュージックビデオも大物映像監督に指揮を執ってもらい、欠点のないような作品に仕上がる。

これを事務所は、広告を使って大々的に世に広める。


だが、予定とは上手くいかないものだ。

今の情報飽和時代。広告も一歩間違えれば、ただ他の情報に埋もれるだけとなる。

時代についていけていない広告は、世に浸透せずに荒波の中に消えていった。


ただ、SNSでの拡散力は凄まじかった。

それはミュージックビデオの涼香の姿。

いつもの笑顔を振り撒く姿ではない。

視聴者の心を見るような瞳。語りかけてくるような甘い歌声。時折見せる暗い笑顔。


『美し過ぎる』


『あの目に見られると、ゾクゾクする……』


『もう涼香ちゃんしか見れない!』


涼香という淡い光を届ける月のようなアイドルが、怨嗟の炎に焼かれる姿。それは、まさしく光っていた。

揺らめき、ときに陰り、不安定ながらも確かに灯っている。

怪しい光に惑わされて、一度、冷たい炎に寄れば、もう遅い。

心までどろどろに溶かされ虜になってしまう。


瞬く間に涼香に対する投稿で溢れかえった。


こうして、あっという間に、配信媒体の首位を独占した。


「LumiPopは、英美里を失う前に戻った。いや、以上の力を得て復活した」


世の中には、そう印象付けることに成功した。

この成功には、涼香の凄まじい恨みの熱があることを誰も知らない。

やはり、アイドルには裏があるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドルの裏の顔 真瀬洸 @manosekou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ