4話:冷たい画面
英美里が死んだ。その事実が話題になってから、一ヶ月が経った。
あれだけ過敏に反応していた世の中は、今や噂一つ飛び交わない。
新しく上映される映画や、プロ野球の勝敗の方がよほど重要らしい。
ぽつりと誰かが呟いても、まるで何十年前の出来事のように懐かしむ口調で語る。
LumiPopのメンバーは、この世論という空気に迎合することを求められていた。
テレビに出れば愛嬌を見せる。
ステージに立てば笑顔を振り撒く。
アイドルとしての当たり前のことをしなくてはならない。
だが、メンバーと、それ以外とでは感情の乖離が大きかった。
歌番組の控え室、涼香は他の三人に声をかける。
「暗くなるのは分かる。でも、仕事は仕事だよ。切り替えていこう」
誰も泣いたりはしないが、どこか落ち着かない。
LumiPopは未だ四人体制になり切れず、五人体制から一人欠けた状態であった。
涼香はせめて明るく振る舞う。
最年長者として、メンバーを引っ張るのも役割である。
この役割は良い働きをした。何をするべきかは、役割に沿えば良い。
涼香は、仕事中は心を乱すことなく、アイドルを全うする。
だが、一人になると、役割はなくなる。
何者にも当てはまらなくなった涼香は、SNSに齧り付く。
誹謗中傷を見ては、英美里を自殺に至らせた犯人ではないかと疑うのだ。
目線は鋭くなり、猫背気味で液晶を見つめる。これもまたアイドルらしからぬ姿だ。
「小学生みたいに幼稚な投稿ばかり……」
やはり誹謗中傷は一つ一つを見れば大したものがない。
「こんなものに英美里は殺されたの?」
元々、LumiPopは四人組であった。
英美里は、このグループが鳴かず飛ばずのとき、社長が引っ張ってきた少女である。
歌も踊りも大したことのない顔の良い少女。涼香の、英美里に抱いた印象である。
だが、英美里のパフォーマンスを見て、変わる。
この少女には、華があった。誰もを釘付けにする魅力があった。
それは、このグループにはないものだった。
涼香は嫉妬し、憧れた。
そして、一緒に歌い踊れることを誇りに思った。
涼香は戻らない過去を思いながら、画面をスクロールする。
『赤色はお前のものじゃない。早く返して』
LumiPopファンのアカウントの投稿に、涼香の目が止まった。そして、アカウント自体に注視する。
そこにはLumiPopの賛辞と、英美里への誹謗中傷が目立つ。
「……『温泉好きのハチ』?趣味の悪い名前だな。……それにしても、随分と前から私たちのこと知っているな」
涼香は顔をしかめる。
LumiPopの赤色。それは元々、涼香の色だ。
最初期のこのグループは王道路線であった。全員が色を持ち、涼香が赤色担当だった。
だが売れず、すぐにダンスメインの路線に変更した。このときに衣装を統一し、担当色は無くなった。
そして、英美里が来て、また新しく色を決め直したのだ。
三人は元々の色に戻したが、涼香は黒を選んだ。赤はセンターの色。英美里以外に考えられなかったからだ。
「『返して』ってことは、私に赤を返してってことだよな」
このアカウントは最初期からのLumiPopを知っている人間ということになる。
そして、また気になった『返して』という投稿へ戻る。
「やっぱり、この日付。英美里がデビューした日だ」
涼香は、この投稿に刻まれた日付のことをよく覚えている。
売れず、路線も変更続きで、固定ファンがいなかった。涼香は今回の変更で、何か変わるかもと期待したのをよく覚えていた。
しかし、観客席はいつも通りがらんどうであった。数人の客と、スタッフの顔がよく見えるなか、歌って踊ったのをよく覚えている。
故に、この日のことを記憶して、SNSに投稿できる人間など限られている。
数人の客、スタッフ、事務所関係者、そして、身内。
涼香は、LumiPopの中に、このアカウントの持ち主がいる可能性を捨て切れなかった。
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