3話:会議
都内の芸能事務所。
涼香は指示通り、会社が動き始める朝九時に入った。
社員には、もう訃報が広がっているのだろう。LumiPopを見ては、視線を逸らし、手を添えて隣と囁き合う。
「自殺だって」
「LumiPop、これからどうするのかな?」
不愉快な言葉を無視しながら、小さな会議室に入った。
まだ誰もまだいない。しばし待つことになる。
「やっぱり、朝一番って曖昧だよな」
涼香は席に座り、凛とした姿勢で小説を開き読み始めた。
あれだけ酒を飲んでも、体調一つ変わらない。
何事も、次の日まで持ち越さないのが、涼香の良いところである。
「涼香さん、早いですね」
ボーイッシュなファッションの少女が涼香の向かいに座る。
LumiPop緑色担当の堤桜子だ。
謙虚で真面目。だが、ノリも良い。愛される性格の彼女だが、今日は本調子でないようだ。
目の下には隈ができて、僅かに人相も悪くなっている。英美里の訃報で寝付けなかったのだろう。
「桜子。少しでも寝ておいたら?起こしてあげるから」
涼香がそう言うと、桜子は腕を枕にして仮眠を取る。
そして、またしばらくすると二人の少女が入室する。
「すみません。お待たせしました」
青色担当の佐貝穂波と、黄色担当の山鹿ゆらの二人だ。
「まさか、死ぬなんで、なんで、なんで」
赤いコートを着用するゆらはぶつぶつと何か呟いている。
ゆらは英美里を強く慕っていた。訃報を聞いて、ひどく落ち込んだのは想像に難くない。
実際、赤く泣き腫れた目元が目立っている。相当参っているのだろう。
そして、穂波は、その気分の落ちたゆらを引っ張って連れてきたのだろう。十代とは思えない母親のような面倒見の良さである。
「いやいや、待ってないよ」
涼香はもう一度小説に戻そうとするが、そこで気が付く。
これで、LumiPopは全員になったのだ。
「あー、日置さん、呼んでくるよ」
涼香は席を立って会議室から出た。
「思ったよりも、切り替えられてないな」
そう呟いては、頬を二回叩き、日置を呼びに行った。
「えー、昨日、連絡した通り、英美里さんが亡くなりました。それに伴って……」
会議室は思ったよりも、無感情に時間が進む。
日置が、そうなるよう努めているからだ。
今後の仕事の予定や、週刊誌などの対応までつらつらと述べる。
だが、重要なことが、誰もが知りたいことが、まだ言われていない。
「あの、一つ良いですか」
涼香は小さく手を上げた。
日置が頷き発言を許す。
「英美里は自殺だとニュースでもやっていました。ですが、原因は出ていません。何が原因で自ら命を絶ったんですか?」
LumiPopは、最近注目され始めたアイドルグループだ。
セルフプロデュースを掲げ、作られたグループで、曲から、振り付け、ライブの演出、衣装のデザイン。何から何まで自分たちで考える。
最近ではファンが増え、メディアへ出演する機会も多くなった。
LumiPopは、やりたいことをやってきて、結果が出てきたところなのだ。
「……警察の方によると、英美里さんのスマホを開くと、すぐにSNSが開かれていました。そして、そこにはエゴサーチした後も確認されています。これは、誹謗中傷による自殺ではないか、そう私たちは聞いています」
そう告げられたとき、涼香は唖然とした。
「そう、ですか……」
そのまま何も言えないまま、会議は幕を閉じた。
涼香は家に帰ると、スマホを出した。
SNSを開いて、虫眼鏡のマークを押す。
『LumiPop』
そう入力した。
スクロールすると、賛否両論がずらりと並ぶ。
その中には誹謗中傷も見受けられる。
『伴藤英美里は人間として終わっている』
『伴藤英美里は歌も踊りも下手。辞めた方が良い』
『伴藤英美里って不細工なのに何でアイドルやっているの?』
一つ一つは大したことのないものばかりだが、数え切れないほどの投稿がされている。
中には筆舌し難いほどの過激な誹謗中傷も散見された。
涼香はソファに顔を埋める。
「くそ!」
大声で叫んだ。喉のことも気にせず、荒い声を出し続ける。
目に見えない敵。確かに驚異だ。奴らは、平然と人の心を刺してくる。
だが、英美里には、目の前にいる仲間がいるはずだ。
「私は相談するに足り得なかったのか?そんなに頼りなかったか?」
その問いを答える者は、もういなかった。ただ乾いた部屋の中に消えていった。
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