2話:酒と闇

柳井涼香は、芋焼酎を一切割らずに飲み干す。

すかさず塩辛を口に運び、よく噛まずに飲み込んだ。そして、口に残る生臭さを消すために、また酒を注いで飲む。

酒とつまみを変えながら、同じようなことを何度も繰り返した。


これがLumiPopの黒色担当の裏の姿である。

二十歳が故に酒は許されるが、少女としてアイドルをするには、随分と悲しい姿である。


「くそう、アルコールが足りない。テキーラの一つでも買ってくるんだった……」


酒を飲まなければ、眠ることさえ難しい。

涼香はそういう毎日を送っていた。


午前一時、スマホが鳴った。電話の着信音だ。


「誰だよ、こんな時間に」


涼香はひどく苛ついた。


この真夜中に電話を鳴らすのは、随分と非常識だ。

友人ならまだ許せるが、そんな友人を持った覚えはない。

十中八九、仕事関係だ。


「業務連絡ならメールのほうが都合が良いだろ。大体、この真夜中に用事を聞いたところで何ができるって言うんだ」


この電話は出た者の負けだ。無視を決め込んで、明日の朝に折り返すのが吉である。

だが、何コール鳴っても、電話は切れない。切れたと思えば、当然のように間髪入れずにかけ直してくる。

随分と緊急のようだ。


「あー、もう」


着信音が酔いの回った頭に響く。電話に出ない面倒臭さよりも、不快感が強まっていった。

寝転びながらスマホを取る。


「日置マネージャー」


画面にはそう表示されている。


「……はい。柳井です」


涼香は酔って呂律の回らないままで電話に出る。


「もしもし、柳井ですけど。聞こえますか?」


電話からは僅かに環境音が入るだけであり、声は聞こえてこない。

日置はせっかちな女だ。いつもなら、無神経に人の言葉に被るのも気にせず話すが、今日はやけに間を置いている。

涼香は違和感を感じ取った。じわじわと酔いから醒める。


「今、周りに誰もいませんか」


日置は人払いを指示した。よほど、重要な事案である。


「ええ、今は家にいて、一人です」


涼香の声が、余所行きの声に自然と変わる。


「そうですか。これから言うことは他言無用でお願いします」


「分かりました」


涼香は息を飲む。


「英美里さんが亡くなりました」


涼香は、何かが聞こえた。重大なような気がしたが上手く聞き取れなかった。


「では、えーと、とりあえず、明日の予定は全てキャンセルになりました」


涼香は、ただ日置さんの業務連絡を聞き続ける。


「仕事はありませんが、明日の朝一番に事務所まで来てください」


日置が、涼香の返事を待たずに電話を切る。

涼香は、電話を下ろして、もう一度グラスを持とうとする。

だが、テーブルには空の酒と、食い散らかしたつまみ、こればかりしかない。

仕方なく、コンビニに走った。

酒を吟味するような余裕はなく度数の高いものだけを、つまみも適当に漁ってカゴに入れる。

そして、またテーブルに着き、酒を煽った。


「英美里が死んだ……」


涼香は電話口から伝えられた事実を何度も繰り返す。

酒の力でようやく、事実を受け入れ始める。


英美里。伴藤英美里。LumiPopの赤色担当。

十七歳のグループ最年少でありながら、誰よりも歌が上手く、誰よりもダンスが上手い。

可憐で、華奢で、美人で、何でもできる。何よりも元気で、周りまで明るくする女の子。

グループの顔であり、センターになるべくアイドルになった少女。


そうやって涼香は、情報を飲み込んだら気怠くなった。

酒を速いペースで飲み続ける。

電池が切れるように、そのまま倒れ、床で就寝した。


やはり、アイドルには裏がある。そう思いながら、眠っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る