アイドルの裏の顔

真瀬洸

1話:光の偶像

三万人の人間がいる。

楽しげに小さく会話する声が、ところどころから上がる。中には独り言も混じっているだろうか。ときに興奮した声が響いては消える。

落ち着かない様子で体を動かす者もいる。布が擦れる音や、靴音が響く。

群衆の集まるこの場は、ひどく騒然としていた。


だが、ここには幸福感と僅かな緊張しかない。

全員が固唾を飲んで、中央のステージに釘付けになる。

ステージにはまだ誰も立っていないというのに、凄まじい熱気である。


時間と共に、熱は上がり、期待が膨らむ。

定刻になったときに最高潮に達した。


すると突然、電灯が消えた。辺りは暗闇になる。

足元の避難灯がひどく目立つが、光量は弱く隣の顔さえ視認できない。

だが、誰一人、恐怖など感じていない。

それどころか、群衆は黙り込み、前だけを見つめる。

一瞬にして静寂に包まれる。衣擦れの音すら聞こえない。


依然電灯は付かないまま、音楽が大音量で流れ始めた。

会場中に、明るく弾けるような音楽が響く。

そして、音楽に呼応するように、スポットライトが伸びる。

全員の目が、スポットライトの先に収束されていく。


そこには、五人の少女。

煌びやかでありながら、露出の高い衣装を身に付けた少女であった。

赤、青、黄、緑、黒。それぞれが別の色の衣装であるが、デザイン自体は統一されている。


「みんな、来てくれてありがとう!」


赤の少女が、一歩前に出て手を振った。小柄な体で大きく腕を振り、太陽のような笑顔を見せる。その様は、栗鼠のような小動物を思わせる愛らしさである。

そして、また全員で並んで、ポーズを取る。


「私たち、LumiPopです!」


それを見て、群衆は雄叫びにも近い歓声を上げる。

野太く、地面を揺らすかのような振動が伝っていく。


この振動が少女たちにも伝わったのか。少女たちは観客に笑いかけ、そして動き出す。


少女らは歌う。

透き通るようであり、感情の乗った声。この声は耳を楽しませるだけでない。全身の感覚を雷のように刺激する。音が染み込んでいき、いずれ心まで震わせる。


少女らは踊る。

激しく熱を持って踊る。それでも、一つ一つの動作の指の先まで洗練されている。見る者は目を奪われる。そして、一度も目を離す事はできず、いずれ瞬きすら惜しくなる。


曲がかかっている間は、観客の身も心も全て、この五人の少女たちの物になるのだ。


そして一曲、歌い踊り切る。ここで、観客は自分の体と心が、自分の物だったことを再確認する。

そして、なお支配を望むのだ。


これが、世界の中の華、アイドル。


この場では、まさしく、少女らが偶像。

観客は、彼女らを慕う信徒であるのだ。


だが、ステージを降りれば、カメラのフレームから外れれば、偶像もただの人となる。


赤の少女は、僅かに硬い表情を見せる。


「大丈夫?」


他の四人が顔色を伺う。


「うん、大丈夫だよ」


赤の少女は、笑顔見せた。そして、何事もなかったかのように振舞う。

誰もが、綺麗な笑顔だと思っただろう。だが、一緒にやってきたグループのメンバーには誤魔化せない。

これは無理に作った笑顔だ。


パフォーマンスは悪くはなかった。

興行も今のところ上手くいっていっている。

アイドル活動をする上での難題はクリアできていると言って良いだろう。


その中で、赤の少女は悩みを抱えている。

他のメンバーは心配することにかできなかった。


「何かあったら必ず協力してあげてね」


黒の少女が小声で言う。


人には、大小問わず、隠し事の一つや二つあるものだ。

アイドルだって例外ではない。

それ故に、アイドルにも裏がある。ただそれだけなのだ。

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