第7話
おそらく13歳かそこらの少女だ。
ふわふわした栗色の髪。ぱっちりと大きな目をしていて見るからに愛嬌がある。
なぜかメイド服を着ているのが謎だ。
少女は特徴的な目をくるくると回して酒場内を見渡しはじめた。
そうする姿は主人を探しにきたメイドそのもので、盗賊っぽさはまったくない。
「まさかあの子を斡旋するつもり?」
デルフィナがすがめた目をルシールに向ける。
「そうだけど?」
「そういう冗談は好きじゃないの。ただの使用人じゃない。だいたい子どもだし」
「ふふ。真紅の探究者さんも俗世のことに疎いのねぇ」
「む……」
「盗賊が盗賊らしい恰好をしていたのは昔の話。とくに王都は締め付けが厳しいから、できるだけ盗賊臭さを消そうとするの。最近のトレンドは旅商人だけど、大道芸人姿で活動する人もいるほどよ」
ルシールが温かい目を少女に向ける。
「あの子は腕利きの盗賊よ。保証するわ」
「それならどうして冒険者パーティに入っていないの。本当に優秀なら放っておかれないでしょう?」
「若すぎるからよ。年齢を理由にみんなに断られて……かわいそうに」
「当然ね。わたしだって子守をするつもりはない。必要なのは即戦力なのだから。レイ、もう行きましょ」
デルフィナが椅子から腰を浮かせたが、レイは首をふった。
「あんな子どもを仲間にするつもり?」
「実力を見たい。俺もあのくらいの年頃にはもう傭兵をやってた。ただ大人というだけで実力が下のやつに横から仕事を奪われて悔しい思いをしたものさ」
年齢や見た目で相手を見定めるのは楽だけど、それで実力を見誤って有能な人材を逃せば本末転倒だ。
きょろきょろと首をめぐらせた少女とレイの目が一瞬だけ交錯した。
しかし少女はこちらにはまったく興味を示さず、手近なテーブルに陣取っている冒険者パーティに歩みよってぺこりを頭を下げる。
仲間にしてほしいとせがんでいるようだが、にべもなく断られた。
それでもめげずに他のテーブルにも声をかけて頭を下げていくが、やはり結果は同じ。
断られ方を見るに、同じパーティに何度も断られた過去がありそうだ。
それが3度ほど続いた後、荒々しい怒声が響いた。
「おい、おれ様を無視するたぁろうゆう了見ら!?」
勇者パーティについて議論をしていた酔漢だ。
手当たり次第に声をかけているように見えて、少女は連中だけを無視するように迂回していた。
その無視が露骨すぎて不快にさせたようだ。
「お口が臭い飲んだくれさんには用なんてないのです!」
そんな物言いをすれば、挑発と受け取られかねない。
そうレイが懸念したとたん、案の定いきり立った酔漢がメイド服の胸ぐらを鷲掴みにした。
「あーあ、酔っぱらいに絡まれてしまった。助けてあげましょう」
なぜか弾んだ声で再度腰をあげるデルフィナ。
「いや、しばらく様子を見よう」
「……?」
「どうやって切り抜けるか見てみたい」
この程度のトラブルに対応できないようなら、それほど優秀ではないし求める人材ではない。
それに、とレイは疑問に思う。
あれは本当に絡まれたという状況なのだろうか?
胸ぐらを掴まれて宙に体を浮かされたメイド少女はじたばた身をよじってもがくのだが、冒険者の太い腕を振り払えない。
これは見た目どおりの並人かもしれない。
助けてやるか、とレイが思いかけた時、急に少女がこちらを見た。
「殺されちゃう! たすけてほしいのです!」
レイはとりあえず気づかないフリをした。
「あぁっ! カウンターにいる王宮戦士に見捨てられました! いたいけな少女が酔っぱらいに殺されてしまうのです! 屈強な王宮戦士が見殺しにしたせいで!」
やけに説明的な言葉で酒場中に向かって、目ではレイに向かってアピールした。
「殺し……?」
「王宮戦士が暴力沙汰を放置するのか……?」
と、客たちがざわつく。
ちらちらとレイを見て非難するように眉をひそめる者もいる。
絡まれるというのは、こういう状況をいうのではないだろうか。
まだ知り合ってもいない人物を助ける義理など何もないのだが、レイはしぶしぶ立ちあがった。
「あー、俺は王宮戦士団に所属する者だ。手をはなしてやれ」
「あんだてめぇ?」
酔漢がじろりと血走った目を向けてくる。
酔った目と頭でもレイの逞しい長身と使いこまれた鎧、そして王宮戦士という肩書きの意味はわかったのか、少女の胸ぐらから手をはなした。
そもそも殺されるなどと大げさに騒がれた時点でほとんど気が萎えていたようだが。
興ざめしたのか、杯を飲み干すと旅荷物を背負い、仲間と連れ立って店を出ていった。
「これで終わりなの? つまらないの」
荒事を期待していたけしからん女魔法使いが唇をすぼませた。
後に残された少女は乱れた衣服を整えてからこちらを向いてペコリと頭を下げ、足取りも軽やかに店を出ていこうとする。
「待った」
呼び止めると少女はぴくっと肩を震わせながら振り向いた。
「こっちに来い」
レイがくいっと手招きする。
少女は迷いをみせたが、しぶしぶカウンターにやってきた。
「なんでしょうか?」
「いま盗ったものを見せろ」
「ななな!? なんのことで!? ぜんぜんわからないのです!」
狼狽しつつもとぼける少女。
レイはスカートの裾を掴んでめくり上げた。
「ちょっと。なにをしているのレイ?」
「これを見てくれ」
眉を顰めたデルフィナにレイは答えた。
露わになった少女の白い太ももには奇妙な形のレッグベルトが装着されていて、うまい具合に財布が引っかけられていた。
この店では注文ごとに代金を先払いするシステムだ。
客の冒険者には一見の流れ者も多く、出入りも激しいので当然のシステムだろう。
その財布はさっきの酔漢が支払いのたびに懐から出していたものだ。
レイは財布を取りながらデルフィナにそう説明した。
「ということは……」
「スリだ。胸ぐらを掴まれた時にスリとってスカートの下に隠した。かなりの早業だ。俺も見逃すところだった」
2人から咎める視線を向けられた少女が栗色の髪を盛大に揺らしてかぶりを振る。
「盗んだのではありません。ちょこっと借りただけなのです。あとで返すつもりでした!」
「嘘ね」
「いや、返すつもりだったのは本当だろう」
「コソ泥の話を信じるの?」
「ああ。信じるよ」
レイは少女に顔を向けた。
「銀貨を2、3枚抜いて残りは持ち主に返す。財布は拾ったとでも言って。そんなところだろう?」
図星をつかれたのか、少女が大きな目をまんまるに見開いた。
そもそもこの少女は仲間に入れてくれる冒険者パーティを探すためにここに通っていたはずだ。
そんな場所であからさまな盗みを繰り返せば、犯罪が露呈するリスクが高くなるし、そうなれば本来の目的を果たせなくなりかねない。
だが、自分が何杯飲んだかも覚えていない酔っぱらいからなら、少額をくすねても気づかれない。
レイも昔そういうことをやっていた時期があるから手口をよく知っている。
「むぅ……。今まで誰にも気づかれませんでしたのに……」
少女は驚きを隠せずに目を瞬かせる。
「たしかにねえ。わたしも気づかなかったわ……」
ルシールが呆れ半分にぼやいたが、残り半分は感心しているように聞こえた。
レイが目を向けると、ルシールはいたずらっぽい微笑みで応じた。
やはり感心しているらしい。
次の更新予定
2026年1月13日 20:05
勇者と消えた世界 平井甲殻類 @hiraikoukakurui
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