第4話


 東門から新市街に出て、レイは驚いた。

 新市街は旧市街に比べて移民や貧民が多く住む地域なのでもともと治安は悪いのだが、久しぶりに来てみればもはや完全にスラムと化していた。


 メインストリートはゴミ溜め同然で、腐臭を発する死体が転がっているのに誰も見向きもしない。

 無法者らしき連中が大手を振って闊歩していることもさることながら、路上で寝起きしていると思しき人が異常に多い。

 あれは近隣の村々から落ちのびてきた難民だろう。出没する魔物の数がどんどん増えているため、もはや小さな村落を維持できなくなっているのだ。


「目を覚ますのだ!」


 煽り立てるような大声。

 そちらに目を向けると、真っ黒なローブにすっぽりと身を包んだ演説者を数十人の聴衆が囲んでいた。


「女神セリスは我らを見捨てたもうた! もはや勇者の系譜は絶たれた! 魔王様こそが我らの新たな救い主なのだ!」


 どうやら近頃流行りの魔王教のようだ。

 予言通りに魔王が再臨したせいで急速に勢力を増しているという話だ。

 ああいう虚無思想が蔓延すれば暴動などの厄介ごとに発展しかねないと問題視した行政官たちが取り締まりを強化しているが、勇者が一向に現れないことはたしかなので勢いを止められない。

 レイは不穏なものを感じつつ歩みを進めた。




 傭兵団の居留地についた。

 ぱっと見た感じ、敷地内に並ぶテントの数は前にきたときよりだいぶ増えている。

 ここ数か月の大恐慌で職を失った者たちが流入しているのかもしれない。


 傭兵は世が乱れれば乱れるほど仕事の機会が増える因果な稼業である。

 仕事があるところに人が集まってくるのは当然なのだが、そうなってくると経験の浅いにわか傭兵の割合が増えて必然的に質も低下する。

 雇う者の実力をしっかり見定める必要がありそうだ。

 そう気を引き締めて顔見知りの傭兵隊長を探そうとしたレイは、奇妙な光景を目の当たりにした。

 傭兵たちがなぜか長蛇の列をなしている。


「不合格。つぎ」


 透明感のある澄んだ女性の声が響いた。

 ダメだしされた傭兵ががっくりと肩を落とし、涙目で離脱していく。

 依頼を逃しただけとは思えない過剰な落胆ぶりだ。

 気になったのでレイは列の先頭に目を向けた。


 高く積み上げられた物資箱の上にとんでもない美人が座っていた。

 艶やかな黒髪に、透きとおるような色白の顔。

 鮮血で染めたかのごとき赤いローブをまとった美貌の魔法使いはほっそりした足を組み合わせ、怜悧な目で傭兵たちを見下ろしている。


「不合格」

「なんで!?」

「顔が好きじゃない。消えて。はいつぎ」


 ダメを出された傭兵がすごすごと去っていく。

 ずいぶん偉そうだ。雇う前に面接する雇い主は少なくないが、ここまで偉そうなのは珍しい。

 しかも判断基準が理不尽すぎる。

 立て続けに連発された不合格に、雇われる見こみなしと見切りをつけたのか、それとも雇われるメリットが薄いと踏んだのか、大勢が列を離れていく。


 そして誰もいなくなった。


 当然といえば当然だ。

 雇い主側に傭兵を選ぶ権利があるように、傭兵側にも雇われる相手を選ぶ権利がある。

 彼らも本気で雇われようとしていたのではなく、冷やかし半分で美人を見物していただけなのだろう。


「有名な傭兵団って聞いたのにぜんぜんダメね」


 ぼやいた魔法使いが、後ろで見物していたレイに目を向けてくる。


「まだいた」

「いや、俺は傭兵じゃない」


 やばいやつに目をつけられたと思ったレイは慌てて顔の前で手を振った。


「いいから早く来て。わたしは気が長いほうじゃないの」


 人差し指でくいくいと呼ぶ。

 レイが仕方なく物資箱の前に歩み寄ると、魔法使いは頭から足の先までじろじろと無遠慮に観察してきた。


「それ、傭兵にしてはやけに立派な鎧ね」

「傭兵じゃないからな」


 レイが着用している鎧は王宮戦士だけに支給される、一流の職人の手による特注品。

 並みの傭兵たちの装備とはモノが違う。

 留め金ひとつまで稀少素材で構成され、防御力を担保しつつ動きやすさも両立する逸品だ。


「それにいい顔している。あなた、もしかしてここの傭兵団長?」

「だから傭兵じゃないって言ってるだろ」

「傭兵じゃないなら、何者なの?」

「王宮戦士だ」

「へえ、はじめて見た。どうりで強そうなのね。名前は?」

「レイだ」

「レイ……?」


 と、魔法使いは小首をかしげて記憶を探るように目を上に向けた。


「もしかして、カルディナのレイ?」

「そう言われることもある」

「ふうん。ようやくまともな人材を見つけた」


 魔法使いは赤いローブをはためかせつつ軽やかに物資箱から下りた。


「わたしはデルフィナ。魔法学院の真紅の探究者よ」


 デルフィナが腰に手を当てて、細身ながらも張りのある胸を反らせた。


「そうか」

「なんなのその反応。あなた魔法学院を知らないの?」

「いや、それはさすがに知ってる」


 魔法学院はどの国にも属さない秘密結社であり、人智を超えた実力の魔法使いばかりが集まったエリート集団だと知人の魔法使いから聞いたことがある。

 真紅の探究者という用語は知らないが、地位や称号のようなものなのだろうと勝手に理解した。


「わたしの仲間にしてあげる」

「遠慮する。任務中だし」

「どんな任務?」

「勇者の捜索だ」

「へえ、王宮も動きだしたのね。それなら、あなたはやっぱりわたしの仲間になるべきよ」

「?」

「わたしも目的は同じ。勇者様を探しているの」

「ってことは魔法学院も動きだしたのか?」


 魔法学院は俗世間に興味を示さない閉鎖的な組織とも聞いたことがある。そのへんの事情を教えてくれた知人は、引きこもり集団、と揶揄していた。

 大陸に残された数少ない大国のエスタレシアが滅亡の危機を迎えたこの危機的状況に動かざるを得なくなったのだろう。


「いいえ。学院が動くことは永遠にない。あくまでわたし個人の行動よ」

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味」


 それ以上この話題を続けるつもりはないとばかりにデルフィナは拒絶するように目をそらした。


 レイはこの申し出を検討してみることにした。

 現状、勇者の手がかりはまったくない。

 どこへ行って何をするか想定もできない以上、さまざまな状況や事態に対応できたほうがいい。

 名高い魔法学院のエリートなら知識も豊富で実力も高いはず。

 それは同行するメリットだ。


 しかし性格にやや難がある。

 他人を見下す高慢さは魔法使いに付きものだが、ちょっと度を越している。

 余計なトラブルを招きそうだし、それよりなにより、人として好きになれそうにない。

 任務に私情を差しはさむのはよくないことかもしれないが、生死をともにする長旅を嫌なやつと過ごしたくない。

 よし。

 断ろう。


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