第3話
ガリアとレイが詰め所を出たときにはもう夕方で空には赤月が昇りかけていた。
人探しなどという慣れない任務に困惑した隊の部下たちの相談に乗っているうちに、思ったより時間が経っていたらしい。
2人は王城を出て城下町への石橋を歩いていく。
「オレは武門育ちのボンボンなんだぜ。戦闘のことならともかく、旅とか人探しとか、んなのわかるかよ……どうすりゃいいんだ……」
いつもは飄々としているガリアが珍しくぼやきつつレイに顔を向ける。
「お前はどうするつもりなんだ?」
「とりあえず傭兵を雇おうかと」
「傭兵が人探しの役に立つのか?」
「はい。傭兵といえば戦闘一辺倒というイメージがあるかもしれませんけど、傭兵団には戦い以外のことに長けた連中もいるんです」
「へえ。さすがに詳しいな」
レイは昔傭兵稼業をしていたからそのへんの実情には詳しい。
その経歴はガリアも知っている。
「お前が割り当てられたのはバーンサルだったよな?」
「はい」
バーンサル地方は辺境に位置する不毛の砂漠。
寒暖の激しい気候であり、凶暴な魔物が多く生息する苛酷な環境ゆえ住民はほとんどいない。
「人探しに派遣する場所じゃねえよな。あのデブ、マジで性格終わってんなぁ」
「なんで団長はあそこまで俺を目の敵にするんでしょうか?」
2年前に入団した当初からヴァブールはレイを毛嫌いし、冷遇した。
王宮戦士には団長に選ばれて入団する者と、有力者の推挙で入団する者がいる。
レイは後者だ。
とはいえ推挙組は他にも何人もいるし、彼らが全員ヴァブールに嫌われているかというとそうでもない。
だからずっと不思議だった。
「教えといてやる。名家の気取った連中が嫌うものが2つある」
「なんですか?」
「成り上がり者と移民だ」
「つまり両方、ってことですね……」
「だな。移民のガキが栄えある王宮戦士団第1部隊の副隊長に成りあがったことがあのクソデブ野郎には我慢ならねえのさ」
「それがわかってるならなんで俺を引き上げてくれたんですか?」
「決まってんだろ。やつが嫌がるからだ」
「えっ……?」
「冗談だ。強いやつをふさわしい地位に引き上げただけだ」
ニヤリと笑ったガリアは、すぐに表情を引き締める。
「それはともかくとして。お前は砂漠に行く必要なんてねえ。好きに動け」
「団長命令に逆らえってことですか?」
「そいつは違ぇぜ」
ガリアがかぶりを振る。
「この任務は王命だ。つーことはよ、国王陛下のご意向を叶えるための行動はすべて正当化される。勇者を探すためなら何をしてもいいわけだ」
「それはさすがに拡大解釈しすぎなんでは……?」
「ケツはオレがもつ。お前は他の戦士たちと違う。浮浪児出身で傭兵あがりの経験を生かせ。勇者を見つけることが最優先だ」
「……了解です」
城下町に入ってからしばらく歩いていると、急にガリアがそわそわしはじめた。
「あー、ちょっと急用を思いだした。先行ってくれ。オレは寄るところがある」
「わかりました」
「みなまで聞くな! 詳しいことは言えねえが、人類の存亡にかかわる大事な用なんだ!」
「いや、べつに何も聞いてませんけど……」
さっきまでかっこよかったのに、とレイは苦笑した。
この近くには戦士たちが足しげく通う娼館がある。
ご多分に漏れずガリアも常連中の常連で、一室を借りきって住んでいるという噂すらある。
長旅に出る前にお気に入りの娼婦に会っておきたいのだろう。
「兄弟、旅の無事を女神セリスに祈ってるぜ」
ガリアが拳をぐっと突きだした。
「隊長も、ご無事で」
拳を突き合わせてからガリアと別れ、レイは東地区へ向かった。
東地区。
王都の玄関口と呼ばれるほど人の出入りが激しく、地元民だけでなく商人や旅人を目当てにしたさまざまな商店や酒場、宿などが軒をつらねる繁華な下町だ。
目的地は東門を出た街はずれにある傭兵団の居留地である。
自分には人探しの才覚がないとわかっているからそういうことに長けた者を旅の仲間に引き入れるつもりだ。
とはいえ出発が遅かったせいで東地区についた頃にはもう夜になっていた。
このまま東門に移動しても深夜になってしまう。
しこたま酒をかっくらって寝ぼけた傭兵と面談しても意味がない。
「宿をとるか……」
ちょうど何軒か宿が並んだ通りにさしかかっていた。
繁華街の中心から少し離れた寂しいところだが、不思議と治安は悪くなさそうだ。
魔王襲来の知らせが届いて以来数か月。
恐怖に怯えたひとびとの心は悲観的になりどんどん荒んでいく。
景気も悪くなる一方で、治安は悪化の一途を辿っている。
今では夜のひとり歩きは強盗に襲ってくれと主張しているに等しいほど危険なのだ。余計なトラブルは避けたいところだ。
「ここにするか」
レイは値段が手頃そうな2階建ての宿に入った。
ロビーは狭いが内装に清潔感があって雰囲気も落ちついている。
「あっ!」
受付カウンターで退屈そうに頬杖をついていた活発そうな少女ががばっと立ち上がった。
薄着で髪が短めなので一瞬少年に見間違えたが、声で女とわかった。
「いらっしゃーい! お兄さんお客さんだよねっ!?」
「あ、ああ」
ぐいぐいくる少女の勢いにレイは気圧された。
やはり昨今の時勢柄、宿泊客が減っているのだろう。
ロビーの横には小さな食堂があり、1泊夕食つきだという。
腹が空いていたのでさっそく食堂に行こうとすると。
「ご案内しまーす!」
と、ついてきた少女がそのまま給仕してくれることになった。
「うちはお母さんと2人でやってるんだ。料理も2人で作ってるんだよ」
「そうか。女2人では物騒じゃないか?」
「えーなんで?」
「最近は治安が悪くなっているからな」
「あ、そうなんだ。わたし王都に来たばっかりだからあんまり詳しくなくて……」
「まだ開業したばかりってことか?」
「うん。わたしたちずっと旅行してたから。こんどは長く住めるといいなーって」
などと雑談していると、厨房から女性の声がした。
「あ、はーい。今いくー!」
少女が厨房に走っていった。
「ひゃっ! 血が出てるじゃん! 鍋に入ってるよ! もう、お母さん不器用なんだから刃物は使わないでって言ったでしょ! そういうのはわたしがやるから!」
なにやら不穏極まりない言葉が聞こえてくる。
しばらくすると少女が料理を運んできた。
パン、魚の酢漬け、野菜がたっぷり入った肉シチューというなかなか立派なメニューだ。
血がどうこうとか言っていたのであらぬものが混入していないか気になるが、毒が混入しているのでなければ多少の血や肉片が入っていたとて食べない選択肢はない。
こちとら残飯を漁って命をつないでいた元浮浪児だ。主食がドブネズミと泥水だったこともある。
目の前に食物があればなんでも食べてみせる。
意を決して食事を始めると懐かしくなった。
じつにうまい。残飯みたいな味だ。
翌朝、レイは手早く身支度を整えて1階に下りた。
受付ロビーではあの少女がまた退屈そうに頬杖をついていた。
夜遅くまで働いていただろうに朝も早いとは、まだ幼いのに働き者だ。
レイが傭兵団に入ったのも同じくらいの年頃なので親近感を覚えた。
「あ、おはよーございます。もう出発?」
「ああ。世話になった。それじゃ」
レイは出ていこうとしたのだが、少女がなにやらもじもじしはじめた。
「あのっ……」
「なんだ?」
「当店のおもてなしは行き届いてましたか……? またご利用したいと思いますか……?」
「問題なかったと思うけど、なんで?」
「ぜんぜんお客さん来なくて……」
宿泊客が減ったのは、宿の経営方針やサービスとは関係がない。
魔王出現とともに活性化した魔物が跳梁跋扈したせいで、人の流れや物流が滞りがちになり、そもそも王都を訪れる旅人が激減したことが最大の要因だ。
そんな苦難の状況に、この年齢で経営を改善しようとしている。
好き勝手に生きてきた分際で親近感を覚えたのはおこがましいとレイは思った。
「ここはいい宿だ。また来るよ」
少女がぱぁっと顔を明るくした。
「ほんとっ?」
「ああ」
「絶対ですよ! また来てくださいね!」
少女の声を背中に受けながらレイは宿を後にする。
残念だが再訪を約束することはできなかった。
旅から生きて帰れる保証はどこにもない。
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