第2話


 解放歴500年。

 初春の昼下がり。


 血と汗の臭いが煙る王宮戦士団の訓練場では2人の王宮戦士が対峙していた。

 その周囲では訓練の手を止めた他の戦士たちが「この手合わせを見逃すやつはバカ」と刮目する。


 1人は王宮戦士団第1部隊隊長のガリア。

 きちんと撫でつけられた金髪に均整のとれた中肉中背の20代後半の美男子だ。

 一般人の基準であれば立派な体格だが、筋骨隆々の巨漢揃いの戦士団にあっては小兵であり体格に恵まれているとは言いがたい。

 だが、武門の名家に生まれ幼少期から磨き上げた剣技で体格差のハンデを覆し、今では団の誰からも最強と認められその声望は広く諸国へも響いている。


 もう1人は第1部隊副隊長のレイ。

 ガリアより頭2つほど長身の肉厚で幅のある体つきの屈強な若者。

 その若さにしては全身古傷だらけで、見た目や雰囲気はよくいえば野性味に溢れ、悪くいえば田舎臭い。


 見た目がよく洗練された剣術家のガリアと、武骨で荒武者風のレイ。

 好対照の2人には構えにも明確な違いがある。

 ガリアは長剣を両手で握り、足の開きも腰の位置も浅く緩く、攻守ともに対応力に優れた自然体の構え。

 一方のレイは両手で持つべき重たい長剣を片手で肩に担ぎ、腰を低く落として後ろに大きく引いた右足に力を溜めた防御度外視の構え。


「行くぜぇ!」


 先制したガリアが踏みこみつつレイの腹めがけて突きを放つ。

 レイは動かない。

 急停止したガリアが軽快なサイドステップで回りこむ。

 今の突きはフェイント。

 ガリアの突きに合わせてレイが剣を振り下ろしていれば、大きな隙を晒していただろう。

 釣りだしに失敗したガリアは気にする様子もなく流れるような薙ぎ払いに移行する。

 横腹を引き裂こうとする切っ先。

 それをレイは左脚を捌いて向きを変える最小限の動作で躱す。ともすれば腹を真一文字に裂かれかねないほどの紙一重の見切りだ。


「なんであれを避けられる!?」


 驚きの声をあげる戦士たち。


 技をすかしたレイからすれば絶好の差し返しチャンスだが、やはりレイは動かない。

 振り切るかと思わせたガリアの剣先は不思議な軌道を描く。薙ぎ払いの終動で肘を引いた姿勢が、次の攻撃である突きの始動を兼ねている。


 ガリアが得意とする流麗な連携技だ。

 この3段構えの連携に翻弄されず完璧に対処できる者はエリート揃いの王宮戦士たちにもほとんどいない。

 なにしろ初手の突きが本命なこともあれば、横に回った薙ぎ払いが本命のこともあるため、所詮は意識を散らすだけのフェイントと侮れないのだ。


 レイはこの状況を待っていた。

 強い突きを放つために体を捻って力を溜め、足を前後に開いた時点でガリアの取れる行動は限定されている。

 前への突き、あるいはバックステップ。

 左右へのステップワークはもう使えない。


 ダンッ。


 ここぞとばかりにレイは地を蹴って前方に突進した。

 よりによって突きを放たんとする相手に真っ向から突っ込んでいく狂気に、観戦していた戦士たちが悲鳴とも感嘆ともつかぬ声をあげる。


「速えっ!」


 あまりにも速いレイの突進。

 そこから繰り出される野獣のような剛剣がガリアの胴を輪切りにせんと迫る。

 急所を狙う洗練された剣術とは程遠い暴力的な剣。

 常人なら震えあがりそうな一撃だが、突きを中断したガリアは巧みに刃合わせした剣を柔らかく滑らせいなす。


 だが、剣をいなされてもレイの体は止まらない。

 そのままの勢いでタックルをぶちかます。

 中型の魔物さえも吹っ飛ばすぶちかましは小兵のガリアには破城槌のごとき衝撃だろう。


 空中に吹っ飛ばされたガリアに、レイはさらなる斬撃で追撃する。

 しかしそこは達人のガリア。

 衝突の寸前に自ら後ろに飛び、衝撃を殺していた。

 空を舞いながらも見事に姿勢を制御すると鋭い突きで打ち返しレイの頭を逸らせて攻勢を中断させる。


 着地したガリアは後ろに距離を取った。


 再びニュートラルな立ち回りの間合いに戻る2人。

 訓練のはずなのにまったく手加減のない立ち合いを見守る戦士たちが緊張感から解き放たれて息をつくなか、2人は息も乱していない。


「オレの技をすべて読み切るとは、相変わらず異常な勘をしてやがるな」


 ガリアが端正な顔にニヤリと笑みを浮かべる。


「なんかコツでもあんのか?」

「いや……なんとなくですよ」

「秘密ってわけか。勝ちたくなっちまった。本気だしていいか?」

「どうぞ」


 レイは答えつつも、気を引き締めなおした。

 氷剣のガリア。

 それが諸国に轟いているガリアの異名だ。


 ガリアはただ剣技のみが売りの戦士ではない。

 そもそも幼少期から武技を叩きこまれてきたのは何もガリアの専売特許ではない。

 王宮戦士の大多数を占める武門出身者はみなそうであり、体格面のハンデもあるから技量だけでは大きな差はつかない。

 しかし、ガリアにはもう1つの天賦がある。


 氷魔法だ。


 世に魔法戦士を自称する者は多いが、魔法の習得にも武技の修練にも膨大な時間がかかるため、ほとんどはどちらも半端でしかない偽物。

 だがガリアそれを両立させる本物。

 本気を出す、とはつまりそういう意味だ。

 訓練の模擬戦とは思えない殺意がガリアの目にぎらりと輝いたそのとき、大音声が響きわたった。


「緊急招集緊急招集! 団長がお越しになる。戦士たちよ、即座に訓練を中止して詰め所に集まれーい!!!」


 大声で触れたのは団長付きの秘書官だ。


「なんだよ水を差しやがって……今日はここまでだな」


 ガリアが興ざめしたように剣を下ろした。

 レイもそれに倣い、額の汗を拭う。

 2人が戦闘態勢を解いたのを見た戦士たちが詰め所へそぞろ歩いていく。

 その後に続くレイに、ガリアが舌なめずりしてみせた。


「いよいよオレらの出番が来たってわけだな」

「……緊急召集の理由を知ってるんですか?」


 こんな中途半端な時間に訓練が中止されるのは異例の事態だ。

 ガリアは相当な名家の生まれらしいのだが、娼館通いの趣味を公言するなど、普段の言動にもまったく気取ったところがない。

 誰にでも分け隔てなく接する気さくな性格と悪童めいた恵まれた容姿のおかげでガリアは老若男女問わずモテる。

 陰謀渦巻く王宮内では口を閉ざし、余計なことを話さない習慣が身に染みついている家臣や女官たちもガリアにはついつい口を滑らせてしまうらしく、情報通なのだ。


「いーや。なんも知らねえよ。だが、このタイミングなら出陣命令しかねえだろ」

「そうですね」


 レイはうなずいた。

 13年前。

 勇者レアルのパーティが魔王ディアボロスを討滅する快挙を成し遂げた。

 無数の魔物とともに突如として出現し、何百年もの長きにわたってあまたの国を滅ぼし暴虐の限りを尽くしたディアボロスを。

 それが斃れたことで人類世界はようやく平和と安寧の時代を迎えたのである。


 しかし、その静けさは束の間のものにすぎなかった。

 数か月前、どこからともなく現れた魔物の軍団が突如として隣国エスタレシアに押し寄せたのだ。

 魔王ディアボロス亡きあと魔物たちが組織だった行動をすることはなかったが、これは明らかに軍事的な侵攻であった。


「何者かが指令を出しているのではないか?」

「もしかしたら……新たな魔王が出現したのではないか?」


 そういう疑問を誰もが抱き、不安に襲われた。

 ほどなくしてセリス教団が公式声明を発表した。


「新たな魔王が降臨した。そは魔王リリスである」


 人類は再び絶滅の危機に晒されることになったのである。


 エスタレシアは侵攻の当初から救援要請を送ってきたが、カルディナは援軍を送るどころかまだ正式な回答すらしていない。

 エスタレシアが滅びれば、次に標的となるのは地続きであるこのカルディナ。それは明白だ。

 にもかかわらず援軍を送らないどころか、黙殺しているのはさすがにおかしいのではないか。そういう不満の声が王宮内でも日増しに高くなっている。

 その状況下にこの緊急招集。

 出陣命令と予想するのは妥当だ。


「楽しみだな」

「なにがですか?」


 ガリアがニヤリと口角をあげる。


「訓練とか雑魚狩りとかもう飽きてんだ。ようやく強敵相手に腕を振るうチャンスがくる。血が沸きたつじゃねえか。そうだろ?」

「いやべつに。魔王と戦ったら死ぬだけでしょ」


 高い俸給をもらっているので任務とあれば戦うが、わざわざ望んで死にたくはない。


「おい副隊長」


 ガリアが棘のある口調になる。

 いつもへらへらしている顔が珍しく険しい。


「お前はもうヒラ戦士じゃねえんだ。部下はいつも上官の言動を見てる。士気を下げるようなことは言うんじゃねえ」


 ガリアは傭兵あがりのレイを副隊長に昇格させたが、反対意見も多かったという。

 とりわけ猛反対した団長とは殴り合いになりかねないほど険悪なムードになったと噂されている。

 そこまでしてもらった恩を仇で返すわけにはいかない。


「軽率でした。言動には気をつけます」

「わかればいいってことよ。おっ、クソブタ野郎のおでましだぜ」


 団長に対してそういう悪口はいいのだろうか、と複雑な思いを抱きながらレイが入口に目を向けると、中年の肥満体が詰め所に入ってきたところだった。


 王宮戦士団団長ヴァブール。

 一応鎧を身につけているものの、体型はたるみきった肥満体で、鎧にも染みひとつない。

 もはや現役の戦士とは思えない。


 ヴァブールが鈍重な足取りで詰め所の壇上に立つ。

 緊張が極限まで高まった戦士たちを見渡してから、重々しく口をひらいた。


「これよりわしが伝えることは王命である。心して聞くがよい」


 いよいよ出陣命令が下るのか、とざわつく戦士たち。

 しかし団長が告げたのは誰も予想だにしていないことだった。


「我ら王宮戦士団は今このときをもって勇者捜索の任につくこととなった。諸君には大陸各地に散ってもらう」


 戦士たちに動揺が広がる。


「この任務を意外に思った者もいるやもしれぬ。無知蒙昧な浮浪児にも理解できるように説明してやろう」


 ヴァブールが嘲りの笑みを浮かべつつ、露骨にレイを見てくる。

 いつものことだ。

 ヴァブールほどではなくとも、とかくエリート意識の高い名家出身の戦士たちから生まれの低さを見下されたり嘲りを受けたりして肩身の狭い思いをすることはしょっちゅうだった。

 だが、訓練で手合わせをしていくうちにそういう者はほぼいなくなった。

 物心つく前から武技と兵法を叩きこまれてきた武家の戦士たちはみなプライドが高く強さに敏感で、優勝劣敗の原則をなによりも重んじる。

 レイが圧倒的な実力差を見せつけわからせてやれば内心はともかく敬意を表するようになっていった。

 とはいえ、団長は訓練にまったく顔を出さないのでわかっていただく機会さえない。


「人類の手ではけして魔王を倒せぬ。勇者のみが魔王を討つ力があるのだ。そして魔王現る時、必ず勇者が現れる。それが女神の与えたもうた摂理だと伝承されている」


 わざわざ言われるまでもなく、その伝承はここにいる全員が知っている。

 この大陸に生きる者に染みついた常識だ。


「だが魔王襲来から数か月にもなるというのに、いまだ勇者が現れる兆候すらない。こんなことは歴史上ついぞなかったのだ」


 ヴァブールはそこで間を取って思わせぶりに戦士たちを見渡す。


「この国家存亡の危機に陛下はついにご聖断を下された。現れぬのなら探してみせよ、と。諸君、陛下の崇高なる御心を必ず実現せよ! 草の根分けても勇者を探しだし陛下の御前に連れてくるのだ!」

「はっ!!!」


 団員たちの揃った返事に満足そうにうなずいたヴァブールは、戦士たちそれぞれに具体的な捜索地域を割り当ててから詰め所を出ていった。


 後に残された戦士たちは先ほどの威勢よい返事はどこへやら、予想外の任務に困惑するばかりであった。

 なにしろ彼らは戦士。

 人探しなど専門外だ。


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