第4話 平和な一日

 寝ぼけた意識の中で、かすかに雨の降る音が聞こえてくる。

 ボクはまだ眠たい目を擦りながら、いつものように寝転んだまま伸びをする。ボクは起き上がると、隣で寝ている美空に気が付く。


(……流石にまだ寝てるよね。)


 ボクはそう思いつつ、顔を洗いに行く。窓から外を見ると、少し大きめの粒の雨が降っているのが見えた。


(……畑に行きたかったけど、どうしよう。)


 お婆ちゃんに電話で聞こうかと思ったが、雨の様子次第で判断しようと思い、美空のもとへ戻る。

 部屋に戻ると、美空が少し寒そうだった。


(雨だから、少し冷えるのかな……。)


 ボクは美空の隣に寝転ぶと、一緒に布団に入り、美空にくっつく。


(……なんか、落ち着かないな…。)


 美空の顔を見ながら、ボクは二度寝をしようとした。が、それと同時にスマホが鳴る。ボクは慌ててスマホを手に取り、画面を見る。

 マコトちゃんからの電話だった。


「……もしもし。」

『あ、もしもし?夜空さん?』

「どうしたの、急に。」

『いや、夜空さんが一人で大人しく休みの日に、留守番が出来るか心配で。』

「マコトちゃんはボクのことをどんな目で見てるの?」

『だって、雨の日に畑が心配だからって一人で行きそうだし、あれなら、一緒に居てあげようかなーって。』

「いや、今ボクの家に友達…じゃなくて、えと…、友達以上の人が居るから、大丈夫だよ…。」

『……夜空さん。』

「な、なに……?」

『狸は人じゃないですよ?』

「狸じゃないよ。ちょっと前まで行ってた学校の…友達だった人。昨日会いに来てくれて、なりゆきで…付き合うことになりました……。」

『……はい?』

「えっと、何言ってるのか分からないと思うけど、本当のことだから……。」


 マコトちゃんと電話をしていると、隣から急に美空が抱きついてくる。


「夜空〜…。昨日凄く楽しかったぁー。また昨日みたいに沢山イチャイチャしようねー。」

「ちょ、美空?!なに言って……!!」

『……、夜空さん。今からそっちに行くので、ちゃんと家に居てくださいね。』


 電話に美空が乱入したせいか、マコトちゃんが何かに怒っていた様子だった。マコトに電話を切られ、美空に顔を向けると何故か勝ち誇ったような顔をしていた。


「……美空、次からは電話には乱入してこないでね。話がややこしくなるから。」

「えー?どうしよっかなー。夜空が浮気しなかったらね?」

「浮気どころか、ボクみたいのには誰も寄りつかないよ。」

「あたしが居るのに?」


 美空は目を少し細め、意地悪をするような笑みを浮かべながら言ってくる。「美空が物好きなだけ。」そう言いたかったが、ただの物好きが田舎まで追いかけて来る人なんて居ない。


「……美空は、ボクのこと好きすぎ。こんな所まで追いかけてくるし。」

「嫌だった……?」

「嫌じゃ…無いけど……。」


 そんな会話をしていると、玄関の方からチャイムが鳴り響いてくる。美空に顔を洗ってきてと伝え、玄関に向かう。何度も鳴り響くチャイム。何故か感じる殺気…。ボクは恐る恐る玄関を開ける。


「……はい、どちらさま……でっ!」


 ドアを開けた瞬間に、顔に少し硬い紙袋が押し付けられる。相手の顔が見えないが、よく知っている人の匂いだった。


「夜空さん!昨日は何があったの?!大丈夫だった?!」


 朝早くからマコトちゃんの声が耳に響く。普段は落ち着いているのに、何故か今日は息を荒げながら家の中を気にしている。


「お父さん!!私しばらく夜空さんの家に居るから!!私のお店、潰さないでよ!!」

「分かっとるわ!それからウチの店はまだワシの店じゃ!!」


 二人の元気なやり取りが、朝早くに近所中に響き渡る。誰が見ても仲の良い親子だ。叔父さんはマコトちゃんをウチの前に置いて帰っていく。嵐のような親子のやり取りに何故こうなっているのか理解が出来なかった。


「……それで夜空さん。例の『女狐』は何処に居るんですか?」

「め…女狐て……。」


 ボクはイマイチ状況が理解できていないまま、マコトちゃんを家に入れてあげる。マコトちゃんはボクの前を慎重に進みながら、部屋を1つずつ確認していく。


「……マコトちゃん。何してるの?」

「……何処の馬の骨かも分からない人が居るんだよ。危険な人間かもしれないんだから、夜空さんみたいな小さい子と一緒にさせられない。」

「だからー、学校行ってた頃の友達だってば…。」


 慎重に進むマコトちゃんの後ろをゆっくりとボクはついて行く。


(……そう言えば、美空は何処だろう。)


「あ、そう言えばマコトちゃん。」

「急にどうしたの?」

「ボク、布団をまだ片付けてなかったから、片付けに行っても良い?」

「……、そっちに『女狐』が居るんだ。」

「あ、ちょっと!」


 マコトちゃんは走って行ってしまう。マコトちゃんの後を追いながら、さっきまで寝ていた部屋に辿り着く。マコトちゃんは膨らんでいる布団を見つけ、布団を両手で掴んで剥がそうとする。「見つけた!」と言わんばかしの勢いで引き剥がすも、布団の中に居るのは美空ではなく、ボクが美空に見つからないようにしていた『猫の抱き枕』だった。


「あれぇ?!」

「な、なんでそれが布団の中にあるの!?」


 ボクとマコトちゃんは二人して驚いてしまった。


「誰か探してるの?夜空。」


 ボクの後ろから急に美空の声が聞こえてくる。慌てて振り返ると、ボクが隠していた『黒猫のぬいぐるみ』を抱っこした美空が居る。


「……美空、その子をもとの場所に戻してきて。それから抱き枕も。」

「えー?可愛いじゃん。出しとこうよ。」

「……恥ずかしいから隠してたのに。」


 予想外の方向に居た美空に気が付いたマコトちゃんは、何事もなかったかのように美空の前に立つ。無言の見つめ合いが始まり、ボクはどうしようかと迷っていると、


「凄い美人!!貴女が夜空さんがいつも話してくれてた人ですか!?」

「ふふっ…。美人だなんて、そんな分かりきったことを…。」


 目を輝かせているマコトちゃんと、見て分かるぐらいに自信満々な美空の姿が目に写る。何を感じあったのか、喧嘩をする様子もなく、仲良くボクのことを話していた。



 二人が意気投合している間に、布団を片付け、適当な朝食を作り、ボクは椅子に座ってテレビを見ながら朝食を食べ始める。

 その様子を見ていた美空とマコトちゃんが文句を言ってくるが、ちゃんと二人分の朝食をテーブルの上にあることを伝えると、二人は嬉しそうに食べに来る。


「二人で何の話ししてたの?」

「「内緒。」」


 ボクの質問に、二人は口を揃えて答える。


「ボクは二人が喧嘩しないかヒヤヒヤしてたのに…。会うなり意気投合して仲良くなるし…。」


 なんか、胸がモヤモヤする……。


「あたし達は、夜空が好きだから意気投合しただけだよ?」

「……美空はそうだろうけど、マコトちゃんは違うんじゃないの?」

「私も夜空さんが好きですよ?」


 マコトちゃんからの言葉に一瞬固まってしまったが、友人としてということだと理解した。

 それから三人で特に揉めることもなく、ボクは二人にスマホの使い方だとか、暇つぶしに遊べるようなゲームを教えてもらったりした。


「あ、そうだ。夜空さん、テレビ借りても良い?」

「良いけど、何するの?」

「実は一緒に見たい映画を持ってきてて。」

「映画?どんなの?あたし気になる。」

「私のお気に入りのなんだけど、二人が気にいるか分からないよ?」


 マコトちゃんはディスクを読み込ませると、テレビの画面が切り替わる。どんな映画か楽しみにしていると、

『ビースト』

 と、表示される。


「この映画、友達と一緒に映画館に見に行った時にはまっちゃって、3作品あるんだけど、どれも見てて面白いから集めちゃった。」


 駄菓子のとき程ではないが、少し早口になっているマコトちゃんの様子に、先にトイレを済ませてくると言い、一旦離れる。

 トイレの中に入ると、そっとスマホで映画のタイトルを検索して、大まかな内容を確認した後、


(……やっぱり、ホラー映画だった。)


 そう思いつつもトイレを済ませ、部屋に戻る。

 部屋に戻ると、飲み物とおやつが既に用意されていた。


「あれ、ジュースとおやつってあったっけ?」

「あ、私が持ってきたやつだよ。手ぶらでお世話になるのも申し訳なかったし。」

「わー、ありがと。今日は駄菓子じゃないんだね。」

「映画見るのに駄菓子は、なんか合わない気がして…。」


 そんな会話をしながら美空を真ん中にして座ろうとすると、美空がボクを真ん中に座らせてくる。


「……美空、何してるの?」

「……別にー?もし怖い映画だったら、夜空がどっちにくっつくのか知りたくて真ん中にしてみただけだけど。」

「なんじゃそりゃ。」

「夜空さん、怖かったら私に抱きついて良いよ?」

「……何でボクが抱きつく前提なの…?」


 そんな会話をしながら、マコトちゃんが映画を始める。

 当たり前だけど、内容はフィクションのホラー映画。サバンナに訪れた主人公と仲間が、野生の動物たちに襲わて、車や荷物が無くなり、肉食動物に次々と襲われていく……という、内容だった。ただ、ホラー演出にこだわっているだけではなく、太陽の光や草木の揺れで分かる風の強さ、それから……。

 映画というものを産まれて初めて見たボクは、映像の美しさと登場人物達の演技にただただ、


(凄いなぁ……。)


 と思いつつ、自分でも驚くほどに集中して見ていた。すると、美空とマコトちゃんがボクの腕の片方ずつに抱きついてくる。二人は少し怖そうにしているが、ホラー映画とはそういったものなのだろうか。

 そんな事を考えながら見ていると、映画は終わり、エンディングが流れる。


「面白かったね。」


 ボクは二人にそう言うと、二人はくっついたまま離れない。


「……夜空、怖くなかったの…?」

「……私、何度も見てるけど、やっぱり怖かった…。」

「……もしかして、二人ともホラー苦手だったの?だからボクが真ん中だった訳ね……。」


 その後に見た映画は、アニメの映画だったり、恋愛ものだったりと、いろんな映画を三人で見て過ごした。


「映画って凄いね。ボク、今日初めて見たんだけど、いろんなのがあるんだね。」

「え、初めて…?」

「うん。お金無かったし、見たいものがあっても他のことで休みの日は何も出来なかったし。」

「あ、そうか……。」


 二人が暗い顔をする。ボクは自分の言葉の意味に気が付き、自分が普通じゃないことを思い出した。


「でもボク、今日二人と一緒に見た映画が人生で初めての映画で良かったって思ってるよ。映像が凄い綺麗だったし、しーじー?っていうのも凄かった。」

「じゃあ、見たい映画があったら、今度は三人で映画館で見よう。あたしの予定が合うかだけど。」

「え?テレビと映画館とじゃあ、全然違うの?」

「全然違うよ。多分夜空さん、初めてだから長時間座りっぱなしだと、腰が痛くなると思う。」


 三人での約束。それと、今日という大切な思い出。いつか一緒に映画を見に行こう。そんな小さな約束をして、今日という日が静かに終わった。


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 ボクは深夜に少し体に違和感を感じ、目が冷めた。昨日の映画の見過ぎで少し頭が痛かったが、ゆっくりと起き上がり、まだ寝ている美空とマコトちゃんを起こさないように歩いて台所に向かう。

 ガラスのコップを取り出し、水道水をコップいっぱいに入れる。溢れそうになるのを我慢しながら、水を口に運ぶ。


(……。何か、味が変……?)


 水を一口飲んだ後に、いつもと味が違う気がした。コップに入っている水は、普段と同じく透き通っている。ボクは少し違和感を感じて、早歩きで洗面所に行く。

 洗面所の鏡に写るボクは、普段よりも顔が少し白い気がした。指先で軽く下瞼を下に引っ張ってみる。……普段よりも白い。


(貧血かな……。でも、あの日だったら、お腹が痛くなるし、血も出るし……。)


 一人で色々と考えてみたが味覚は気のせいだと思い、ただの貧血だと思うことにした。


(大丈夫。…大丈夫。……大丈夫。)


 ボクは自分にそう言い聞かせながら、指先で自分のおでこをトントンと突くようにしながら、美空のことを思い出す。


(『下を向かないおまじない』…か……。)


 ボクは鏡に背を向けたまましゃがみ込み、強くなっていく雨音を聞いていた。……頭が痛い。ただの風邪だろうか。それとも、疲れているだけだろうか。

 一人でしゃがんだまま悩んでいると、


「こんな所に居た。……寝れないの?」


 美空が探しに来てくれた。


「……うん、ちょっとね。」

「……ふーん。何かあったの?」


 美空はボクの隣に座る。


「……何も無いよ。今日凄く楽しかったなーって、思い出してただけ。」

「……本当に?」


 美空がまっすぐボクの目を見て聞いてくる。


「……本当だよ。大好きな美空と友達のマコトちゃんの三人で映画を沢山見た。二人のことも、今日だけでも沢山知ることが出来た。」

「…そうだね。あたしも、マコトちゃんと初めて会って、すぐに仲良くなれて…、夜空がホラー映画見ても怖がらないこと知って、……沢山知った。」


 美空はボクの肩に頭をくっつける。

 ……。……美空にはちゃんとお願いしておこう。


「……美空。」

「……なに?」

「……大好きだよ。」

「……あはは、どうしたの?急に。」

「……ウソ。本当は愛してる。」

「……、はは、本当にどうしたの?」

「……。もし、また何かがあって離れ離れになっても、ボクに会いに来ないで。」

「………、…なんで。」

「………次は、ボクから会いに行きたいから。」

「……あはは、夜空から来てくれるのかぁ。ちゃんと来てくれるのかなぁ…。」

「…会いに行くよ、絶対。」


 ボクは美空の手をそっと握る。美空は手を握り返してくると、


「……じゃあその時は、おばあちゃんになっても、ずっと待ってるね。」


 少し眠たそうな顔で、にへっと可愛く笑う美空に、「ありがとう。」と伝え、一緒に布団まで戻る。美空は布団に入ると、すぐに夢の中へと行ってしまった。

 美空と手を繋いだまま、ボクは布団の中で窓の外を見る。


 (……畑、大丈夫かな。)


 そう思いつつも、ボクももう一度寝ることにした。


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 嫌な夢を見た。知らない誰かが死んでしまい、その人が死んだ理由が自分にされてしまう夢。

 何を言ってもボクの声は聞こえない。いや、聞こえないんじゃなくて、ボクが声を出せてないだけかもしれない。とにかく叫んだ。伸びてくる無数の手から逃げようとした。けれども捕まり、身動きが出来ないまま、首を吊ることになった。首に縄がつけられる直前に思い出したのが、本当かどうかも怪しいことだった。


(てるてる坊主って、雨を止ませるための生贄を吊るしたのが、始まりだったっけ……。)


 足元の板が無くなり、浮遊感を感じた瞬間に目が冷めた。

 息が苦しい…。首元には何もついていない。上手く呼吸が出来ないままどうにか起き上がる。美空とマコトちゃんはもう起きてて、台所で朝食を作っていた。深夜に飲んだ水の事を思い出し、二人に声を掛ける。


「……けほっ、おはよ。」

「おはよ…、って、咳してるけど大丈夫?」

「あ、大丈夫…。それよりも、この水道水、変な味した?」

「変な味?私飲んだけど、普通の水だったよ?」

「……本当?なんか、昨夜飲んだら、鉄錆みたいな味がした気がして……。」

「え、ちょっと業者さん呼んで見てもらう?」

「……いや、ボクの気のせいだったかもしれないから、一旦保留で。」


 そんな会話をして、今日も一日ゆっくりと…と考えていると、目の前が急にぐにゃっと歪み、バランスを崩す。ボクは倒れないようにするが、それが逆に床へと強く体をぶつける結果となってしまった。ボクは倒れた拍子に頭を強く打ってしまい、意識が無くなった。


 二人の声が聞こえたが、何も分からなかった。



 今日もまた、雨が振り続ける。

『約束』はいつしか『呪い』になる。そんな言葉を聞いたことがある。それでもボクは、『約束』は『約束』のままであってほしいと願っている。

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