【第6章】拡散

膝をつく蓮の体は、既にあちこちに赤黒い痕が残っていた。

爪は割れ、指の皮は剥け、呼吸は短く荒い。

鎖の音が、地下室に乾いた音を響かせる。


「もう、やめ――」


喉から洩れる声は掠れ、言葉にならない。


蘆田がゆっくりと近づき、膝を折って蓮と目線を合わせる。


「美しいね、浅野君。

今、君は世界で一番、自由だ。」


優しく髪を撫でる手の感触に、蓮の体がびくりと震える。

信者たちは円陣を組み、静かに、興奮に震える指を交差させている。


芽衣が一歩前に出て、細い指で蓮の頬をそっと拭った。


「泣かないで……これで終わりだから。」


蓮は、口を開く。

「た、すけて……」


その瞬間、

視界の隅で、鉄の棒がゆっくりと持ち上がるのが見えた。


乾いた音。

脇腹に走る衝撃と、遅れてやってくる焼けつくような痛み。

肺が空気を求め、口が勝手に開き、息が詰まる。


(痛い……!)


次の瞬間、指が一本ずつ折り曲げられる感触。

関節が逆方向に曲がる音が、室内に小さく響いた。

視界の中で、信者の一人がうっとりと目を閉じ、笑みを浮かべている。


蓮の視線が、ふと落ちた。

自分の膝。

それが、誰かの足によって砕かれ、奇妙な方向に曲がっていくのを、

他人事のように眺めた。


(ああ……俺の身体じゃないみたいだ……)



次に感じたのは、暖かい液体が顔に垂れる感覚。

目を細めると、上から何かが滴り落ち、唇を濡らしていく。

味は鉄錆に似て、微かに甘い。


(やめろ、やめろ、やめろ!)


心の中で叫ぶたび、

口元は無理やり引き上げられ、笑顔を作らされる。


蘆田の声が耳元に落ちる。


「ほら、最後に、皆に言ってあげなさい。」


眼鏡型カメラの赤いライトが、かすかに点滅していた。


「俺は……じゆ、う……だ……」


唇が動くたび、歯の奥で生ぬるい液体が泡立つ。


信者たちの拍手と歓声が、耳鳴りのように響き、

蓮の意識は、暗い穴の底へ落ちていった。




――画面が暗転する。


次に映ったのは、スマホの画面。

動画投稿アプリに次々と寄せられるコメント。


《ガチ?やばすぎ》

《フェイクに見えねぇんだが》

《通報した方がいい?》


再生数、1万、10万、100万――

その数字がめまぐるしく回り続ける。


最後の一文。


「その動画は、翌朝には全国のニュースで取り上げられた。」

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自由の檻 ぼくしっち @duplantier

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