【第3章】宴のはじまり
廊下の先は、広間だった。
薄暗い空間に、十数人の人影がゆらゆらと揺れている。
壁際にはキャンドルが並び、奥の壇上には古びたソファが置かれ、
その上に一人の男が座っていた。
「来たか。」
低く、穏やかな声が響く。
男の名は――蘆田謙吾。
細身の体、背筋の通った姿勢、顔立ちは穏やかで、どこか優雅。
しかしその目だけが、異質だった。
澄んでいながら底知れぬ闇を宿し、こちらを射抜く。
「新しい仲間を歓迎しよう。」
蘆田が微笑むと、広間にいた人々が一斉に振り返った。
笑みを浮かべる者、無表情の者、泣き笑いのように顔を歪めた者。
彼らの視線が一斉に蓮を貫き、足元がぐらりと揺れたような錯覚を覚える。
「どうぞ、浅野君。こちらへ。」
蘆田が手を広げた。
周囲の信者たちが、笑い声を漏らしながら道を空ける。
(やめよう。今なら、まだ――)
頭の片隅で警告が鳴る。
だが、カメラは回り続け、眼鏡の赤いライトは冷たく光っていた。
「失礼、動画の撮影は禁止と聞いております。」
蘆田の声が響き、場の空気が一瞬凍りつく。
「あっ、いや、俺、その――」
蓮の言葉を遮るように、蘆田はやわらかく笑った。
「しかし、私の価値観は“自由”です。
どう記録しようと、それも君の自由だ。
だがね、浅野君――自由には代償が伴う。
覚悟は、できているだろうね?」
その瞬間、蓮は初めて本能的に悟った。
ここは、触れてはいけない場所だった。
「皆、紹介しよう。」
蘆田が手を振ると、先ほど蓮を出迎えた女性が隣に歩み寄った。
「こちら、芽衣。
君の“ガイド”だ。」
芽衣は微笑み、蓮の手をそっと取った。
その指は氷のように冷たく、震えていたのは蓮の方だった。
「今夜は歓迎の宴だ。」
ざわり、と信者たちが動く気配。
奥からは酒や食事が運ばれ、壁際では男女が静かに抱き合い、
隅の方では泣き声のような呻きが聞こえる。
(やばい、やばい、やばい)
蓮の背中を汗が流れ落ちた。
だが、カメラは――止められなかった。
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