【第2章】赤いドア

階段を下りるたび、靴音がぬるりと響く。

地下独特の湿気が鼻腔にまとわりつき、蓮は思わず鼻を鳴らした。


「……思ったより、ちゃんとしてるな。」


コンクリート打ちっぱなしの壁、むき出しの配管、

壁沿いの裸電球がオレンジ色の光を投げかけている。

奥から、かすかに人の話し声が混じった笑い声が聞こえてきた。


一段降りるごとに、蓮の心臓はドクドクと早鐘を打つ。

喉が渇き、背中には冷たい汗が伝う。


(やっぱ引き返すか……いや、ここまで来たら……)


スマホの録画ボタンをそっと押し、眼鏡型カメラも作動させる。

カメラの赤いライトが一瞬点灯し、すぐに消えた。


やがて、階段の下に重そうな扉が現れた。

金属製のそれには取っ手も鍵もなく、

代わりに中心に小さな覗き穴が開いている。


「……失礼します。」


震える声で呟き、指先で軽くノックする。

数秒の静寂。

その後、カチャ、と金属が外れる音がして、扉がゆっくりと開いた。


「ようこそ。」


現れたのは一人の女性。

整った顔立ちに黒髪のショートカット、瞳だけがどこか色を失っている。


「初めての方ですね。」


にこりと笑うその口元に、ぞっとするような冷たさが宿っていた。


「中へどうぞ。お名前は?」


「……浅野、です。」


「ああ、聞いています。準備はいいですね?」


「じゅ、準備……?」


「あら、動画を撮る準備です。」


一瞬、心臓が凍りつく。


(――なんで、知ってる?)


女性は微笑んだまま、蓮の肩にそっと手を置いた。

その温度は、思っていたよりもずっと低かった。


「ご案内します。」


蓮はぎこちない笑みを浮かべ、カメラを握りしめたまま、

女に導かれるまま薄暗い廊下を進んでいった。


壁際にはキャンドルがいくつも灯り、

奥の方からは、ざわめきと、笑い声と、

それに混じって――人間とは思えない声が、聞こえてきた。

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