第二章 ???

第9話 様子のおかしい人達


 ぼやけた視界に、白が映る。温かみのある、光が映る。

 どうやら自分は今、真っ白い部屋の中にいるようだ。

 そうして意識を取り戻したエルマは気付く。

 自分は今何か、柔らかくも弾力のあるものの上に寝かされているらしい。


「ん……あれ」


 ひとまず身を起こして状況を把握しようとするが、できない。

 せめてぼやけた視界を擦ろうと腕を動かすが、できない。

 身体が動かないというよりは、何かに固定されている。

 というより、拘束されている。


「なに……? どうなってる……?」

「目が覚めたみたいね」


 エルマが困惑を胸に視線を動かすと、こちらを覗き込む人物と目が合った。

 クラゲを思わせる赤茶色のボブカット。

 不機嫌そうにひそめられた眉と、じっとりとした目。

 エルマはその人物に対して、随分と幼げな印象を抱いた。

 実際のところ、彼女の声は一般的な成人女性に比べるとずいぶんと可愛らしく、身長もかなり控えめであることに間違いはなかったのだが……


「意識がはっきりしているなら、いくつか質問させてもらうけど」

「待って。これは、どんな状況……?」


 正直なところ、エルマは目の前の人物よりも、現状の方が気にかかっていた。

 ひとまず、今の自分は仰向けで、寝台のようなナニカに寝かされていることは理解できているのだが、拘束されている理由がわからなかった。


「ここは潜水艇の中。それも医務室。あなたは酷いケガで気絶してたけど、敵か味方かわからないから拘束してる。これで満足?」

「う、うん……」


 そこそこに複雑な状況を、極めて端的に説明されてしまって、身構えていたエルマは少し拍子抜けしてしまう。

 少女のその可憐な容姿に似合わない、あまりに淡々とした口ぶりに気押されて、エルマは上手く調子を合わせられずにいた。


「じゃあ、質問を始めましょう。私はロミー。あなたの名前は?」

「え、エルマ。多分、メロウ」

「エルマね。種族もメロウで間違いなしと。それじゃあなたはどこから来て、あそこで何をしてたの?」

「私は……しばらくあそこで働かされてた」

「強制的に?」

「そんな感じ」

「なるほど大体事情が見えてきたわありがとう」


 その手にバインダーを携え、感謝の言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような表情でメモを取るロミー。彼女はエルマの横に立ったまま、殺気立ったような勢いで鉛筆を走らせ続けていた。


「あ、あなたは、何者?」

「私はこの潜水艇の操縦士兼航海士兼副船長よ」

「そうじゅう、こうかい……」

「つまりはここで二番目に偉い人。わかった?」

「わ、わかった」


 エルマが最後の返答を返した直後、部屋の隅の方からアラーム音が響く。

 直後に視界外へ消えていったロミーが、バシンと軽快な音を響かせてそれを止めた。


「時間ね。船長と交代するから待ってて」

「……わかった」


 そうやって、再び視界外に消えていくロミーを見送りつつ、エルマは思う。

 一体どうして、彼女はあんなにもせわしくしているのだろうと。

 エルマはそう人付き合いの経験があるわけではかったが、ロミーの様子がおかしいことには気付いていた。

 そんな状態だからこそ、ロミーと名乗った彼女本来の性格を測りかねていた。


(それでも、悪い人では、ない?)


 自分の眼で確かめたわけではないが、少なくとも負傷した自分を見殺しにしなかったということは、命の恩人には間違いないのだろう。

 気掛かりなのは、自分と会話する彼女の声色が、常に酷く不機嫌そうだったことだが……真意を確かめる手段がない以上、今考えても仕方のないことだ。


 エルマはひとまず、ロミーの様子がおかしかったのは、性格面とは何か別の理由であると断定して結論付ける。

 そうして、彼女の言う「船長」を待とうと、考えた直後のことだった。


「やああっと時間だロミー! メロウの少女は目を覚ましたかい!? 会話はした? どんな名前で性格で、どこから来たかは聞けたかな!?」


 先ほどのロミーよりよっぽど様子のおかしい成人男性の声が響いて、エルマの頭は真っ白になった。

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