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「そうだろうね。太陽の光だ。私は――月も太陽も実際に見たことはないのだよ」
少し自虐的にソリョンは言った。そしてそのあと付け加えた。「本でならある。絵に描かれていたよ」
「ここでは雨が降らないのですか?」
スニは尋ねた。ソリョンはそうだと答えた。
「雨は降らない。雪も。私はそれがどんなものかよく知らない……。風は吹くのだけどね。でも、海の中でも雪が降ることがあるらしい」
「そうなのですか!?」
スニは驚いた。海に落ちた雪はそのまま消えてなくなるのかと思っていた。けれども消えずに、海底に降り積もるのだろうか。
「正確には雪ではないよ」ソリョンは苦笑した。「海に住む、小さな生き物の死骸らしい。それが落ちてくるのだ、海底に向かって――。それが雪のように見えるらしい」
ソリョンは話しながらゆっくりと池の周りを歩いていく。庭にはあずまやもあり、時にはそこで二人並んで腰掛けておしゃべりをすることもあるけれど、今日のソリョンは歩きたい気分らしい。スニも黙ってついていった。
ソリョンは言葉を続ける。
「ここよりも深いところで見えるらしいね。私も見たことはない――なんだか私は見たことがないものばかりだな」
ソリョンはまた苦笑した。「いつか見てみたいものだな」
私も見てみたいです、とスニは言おうとして、ためらった。ちょっと図々しいかな。迷い、結局黙っていた。
「海はとても広いのだ。まだ誰も果てを知らない。底だって、ずっとずっと深いのだ。どんどん暗くなっていく。我々が知ってるのはほんのわずかな世界に過ぎないのだよ。陸だってそうだろう?」
ソリョンはスニを振り返って言った。スニはうなずいた。
「はい。そうなんです。でも私は自分の生まれ故郷からほとんど出たことがないんです。あっ、今は海の王国にいますけれど」
「それじゃあ、大冒険なわけだ」
「そうですよ」
スニは力強く同意した。本当に、びっくりすることが起きたのだ! ちょっと前までは考えられなかった。自分が海の王国に行くなんて。海の王様とこんなふうにおしゃべりするなんて。
ここに来てから、もう20日ほどになる。海の王様とは、ソリョンとは――だいぶ親しくなったような気がする。自分だけがそう思っているのではなければいいけど――。スニは確認するようにちらりとソリョンを見る。ソリョンはすでにスニから視線を外して、池を見つめていた。
「海の王国の中に、魚の泳ぐ池があるというのは、不思議なことだな?」
だしぬけにソリョンが言った。スニもまた池を見た。ここには色とりどりの美しい鯉がいるのだ。今は夜のせいか、姿が見えない。
「たしかに、不思議なことですね」
「池の中にはまた別の世界があるのだ。池には池の世界があって、そして……」
ソリョンが黙った。スニはソリョンが何を言おうとしているのかよくわからなかった。少しの間、二人とも黙り、そしてソリョンが明るく言った。
「陸には陸の世界、だ。私は陸に行ったことがないのだ。どんなところなんだろう。そこには月があり太陽があり、雨が降り雪が降り――」
「私がご案内してさしあげます!」
気付けばスニはそう口にしていた。そして、言ったあとに自分でもびっくりした。私は何を言ってるのだろう! 本当にこれは……図々しくない!?
ソリョンも少し驚いているようだった。けれども嫌がっているふうでもない。驚きから、そして笑顔が浮かんだ。
「そなたが案内してくれるなら、行ってみたい」
ソリョンは素直な声で言った。スニはますます慌てた。
「あの、その、でも大したものはお見せできないんです……。私がいたのは小さなところで、そこにはこんな立派な宮殿なんてありませんし、多くの者は細細と農業をしたり漁をしたりして暮らしていて……」
「慎ましくて良いことではないか」
「そうなのですか? 私の一族もみな農民で、私が住んでいたのは小さな……」
小さくて粗末な家……とスニは自分の実家を思い出して少しせつなくなった。実家が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。小さくて粗末だけれども、温かくて居心地の良い、スニの大事な場所だ。けれども……こことは違いすぎるのだ。
「そなたが住んでいたところも見てみたいな」
気軽に、ソリョンが言った。そして今度はソリョンが慌てた。
「あ、いや、迷惑だろうか。迷惑なら別に……」
「いいえ、迷惑だなんて!」
迷惑だなんて、とんでもない話だ! でもスニの両親がびっくりして卒倒してしまいそうだけど。
ソリョンがスニを見てほほえんだ。スニもソリョンを見た。目が合って――そしてどちらも戸惑った。
ソリョンの美しい目に見つめられて、スニはたちまち赤くなってしまった。思わず目をそらしてしまう。ところが目をそらしたのはスニだけではないのだ。ソリョンもなぜか慌てたように目をそらした。
スニはちらりとソリョンを見た。陛下がなぜ、動揺されてるのだろう。私ならわかる。だって、胸がどきどきして顔が赤くて、とてもじっと見つめ合う気持ちになれないから――。
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