第4話


「遅いって……」


 そう言いつつ壁にかかった時計を見ると、ちょうど始業を告げるチャイムが鳴った。


「むしろジャストじゃないですか?」

「ギリギリ過ぎなんだよ」


 先輩の名前は『柳田やなぎだ是清これきよ』というの何とも珍しい名前なのだが、実はこの天界で「柳田」などの苗字を持つ者はそう多くない。


 だからこそ先輩がこの課に配属された時はちょっとした騒ぎになったとかならなかったとか……。


「まぁいい。とりあえず、この資料を見ながら仕分け作業をしてくれ」

「分かりました」


 先輩から手渡された資料の量は自体はそう多くはない。だが、サッと一覧に目を通してみると、書かれている文字がかなり細かい。


 これは下手をすると残業になってしまいそうだ。


『今日は随分と当たりが強いですね』


 そんな声が頭上から聞こえてきたが、陸人は構わず資料に目を通す。いちいち相手にしていたらそれこそ残業コースまっしぐらだ。


「……」


 ただ……先輩の様子は確かに気になる。


 元々真面目な人だとは思う。それこそ、他の課ともめる事もあるくらいだ。


 あの時は結論から言うと、あちらの方が悪かったものの、先輩の口調がぶっきらぼうに捉えられてしまい、口論に発展してしまった。


 結局。お互いの課長が出てきて話し合いの場が持たれた……なんて事があったのが半年くらい前の話だ。


 あの時と比べると、苛立っているのは分かるものの、特定の誰かに対してではない様に見える。


『どうされましたか?』


 声の主は突然手を止めた陸人を不思議そうな顔で見る。


 陸人の頭上を何食わぬ顔で動き回り、だからと言って構うと「なんで?」と不思議そうな顔をするこいつは九尾の『そら』だ。


 一応「陸人の使い魔」なのだが、どうにも……主と言うより友人の様な関係性だと陸人は思っている。


 口調こそ丁寧だが。


「……いや」


 元から鋭い目つきに尖った様な黒い短髪。それでいて筋肉質な体格を見れば誰もこの仕事に就いているとは思わないだろう。


 対して本人はその見た目とのギャップに思い悩む程繊細な人なのだが、だからと言ってここまで荒れるのを見るのも久しぶりだ。


 毎日の激務による寝不足……とい可能性も否定は出来ない。


 ただ、それは陸人に限らず誰にでもそれは言える。それに、先輩は二日ほど前に有休を取って休んでいたはずだ。


 そうなると……その休みから仕事に上手く気持ちが切り替えられなかった……という事だろうか。


 いや、先輩はこの仕事について五年。そこら辺は上手く陸人よりも上手く切り替えられるはずだ。


「ん?」


 そんな事を考えつつ資料に目を戻すと、不意に「花・菓子・おもちゃ」と書かれている内容の隣の欄が空白になっている事に気が付いた。


 確か、この欄には受取人の名前が書かれているはずなのだが……。


『どうされましたか?』

「ん? いや……」


 こうした事はさほど珍しくない。ただ、受取人の名前が書かれていないという事は……。


「ああ、それは……いい。俺がやる」

「え、でも……」


 そう言ったが、先輩は「いいから」とだけ言い、半ば強引に陸人からその資料を抜き取った――。

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